|
ページ1 「うぎゃ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 すさまじい叫び声が神野家から響いてきたのは、翌火曜日の朝だった。 「じ、爺ぃ、なにしやがっ、……ぐ……」 「ひょひょひょ、おみゃあさんが渡しゃ〜たビールのしきゃ〜しだがね」 「ぬ、ぐおぉっ、よ、よくもそんなことでここまでっ!」 「どうしたの、お兄ちゃ……」 「来るなっ、ヒカリっ!! ぐあぁああ〜〜〜〜〜!!!」 ただならぬ声に駆けつけたヒカリは、光の部屋で見てはならないものを見てしまった。 「きゃははははは、ひ〜〜〜〜〜っひ〜〜〜っひ〜〜〜〜〜っ!!」 大笑いを繰り広げているのは、他でもない、アキだった。例によって例のごとくいつもの上り坂を登っている。 それにしても狙いすましたかのようにアキはヒカリと光を駅前でつかまえる。新聞部ルーキーの素質は100%以上にあるのかもしれない。 さて、笑いのネタは、やはり今朝の光にあった。 「ひ〜〜。ひ〜〜。ひ〜〜〜。」 「いい加減笑うのをやめろ、クソアマ! 凸( ̄へ ̄)」 「ビールかけられた腹いせにパンツにからし……ヒヒヒッ。あんたもっと体起こして歩きなさいよ〜〜、みっともなはははははは」 「黙れあばずれッ!!」 「なによくされチ○ポッ!!」 この噂が一瞬にして全校に広まったのは、言うまでも無い。 さて、すっかり全校の有名人になった光は昼休み、アキを探して休憩室へとやってきていた。アキは毎日昼ご飯をここで食べる。食堂でランチとジュースを購入し、ケーブルテレビをひとつ占領してニュースを見ながら食べるのだ。アキに言わせると「情報は1秒を争う」のだそうだ。 しかし、今日はアキの姿がここには無かった。 「ぬうう、どこに行きやがった、あのアマ。絶対に許さん。犯してやる、マジで! 凸( ̄へ ̄)」 それじゃあ田川と同じだよ……と、ナレーションが突っ込んでも仕方ないが、光は屋上へとやってきた。 「……、いた……」 アキはフェンスから街を見下ろしていた。 丘の上の高校。校舎は3階建て。その屋上から流れる町ははずれの方まで充分に見渡せる。北側には突き出した山地があってその向こうがアキの家のある鳥居の集落。さすがにちょっと見えない場所。東から南へ広がるのは東三河市の市街地。遥か南にその中心街のビル群をかすみに隠し、窓ガラスのきらきらと光る姿をたたずませていた。 「をい、アキ!」 光はおもむろにアキの方をつかむとすごみを効かせて名前を呼んだ。 ハッと振り返ったアキの目は驚きと戸惑いの色で満ち満ちていた。 「な……、そ、そんな目したって許さんぞ! 俺はなぁ……」 「ゴメンナサイ!!」 「へ???」 信じられない返しだった。 いや、確かに今のこの状況だけ見れば“目を潤ませて誤る”と言う行為は当然の結果かもしれないが、それをしたのはアキだ。考えてみれば3年の付き合いの中でもアキが本気で誤る事など今までにあっただろうか。あっても5本の指で十分数える事が出来よう。 「あたし……、どうしよう……」 「……何かあったのか?」 アキのうろたえように、光は真剣に聞き返していた。 考えてみれば気付くべきだった。アキが屋上に来る事自体珍しくは無い。だが今日のように一人で景色を見ている事などは無い。何か得てきた情報をみんなに広めたり、ありもしないような噂話で盛り上がったり、常にアキの周りにはギャラリーがいる。 「光……狙われてる……みたい」 「は? 俺が?」 「この前、田川をやっつけちゃったでしょ。北高とその北側にある大野高校で動きがあって、今度は大野高が光を……」 「……、な、なるほどね。まあ確かにそうなる……かな」 「え?」 アキは光の堂々とした態度に違和感を覚えた。いくら田川を倒したと言っても光は自分を過信するほど馬鹿な男じゃない。とて、この堂々とした態度。狙われていると言う事実を落ち着いて受け入れる事のできる余裕。 アキの早合点にはもってこいの状況だった。 「ね、ねぇ。もしかして勝つ自信あるとか?」 「そんなものあるわけ無いだろ!」 「ふ〜ん。じゃ、何でそんなに落ち着いていられんのよ。北高の田川でも手を出さなかったって言う話なんだよ、あの大野高は」 「べ、別に落ち着いてるわけじゃないけど、狙われてるんなら仕方ないじゃねえか。こっちはお構いなしだしどうしようもないし……笑うしかないよ」 しかしアキも現金なものだ。新しい情報(でっち上げだけどね)を得ればすぐに調子を取り戻す。 その後もいくつかの質問を光に浴びせると、どうやら新しい噂作りを猛スピードで始めたようだ。 「をい、それよりもなぁ……」 「何よ」 いくつめかの質問に答えたところで、光ははっと気付いた。 「てめぇの噂のせいで俺は今日なぁ!! 凸( ̄へ ̄)」 「なによっ、事実でしょっ!」 当然のようにこの二人、この日の午後の授業がまるっきり頭に入らなかったのは、言わずもがなであろう。 「あ、光〜」 その日の放課後。帰ろうと校庭に出た光を呼びとめたのはノブだった。 「おっ、ユニフォーム。練習始まったんだ」 「うん。どう? エースらしい格好に見える?」 「うん♪ ベンチウォーマーにぴったり♪」 「ううぅ、酷いなぁ。一応レギュラーは取れそうなんだけど……」 「マネージャー?」 「ピッチャー!! 凸( ̄へ ̄) そりゃあ、まだエースは遠いかもしれないけど、結構期待されてるんだよ」 「俺だって期待してる。甲子園、連れてってくれよな」 「学校のバスで神戸に行って安〜く観光が出来るのを期待してるわけね」 「う〜〜〜ん、良い青空だ。練習日よりだねぇ、ノブ君♪」 「図星かよ。まあいいや。帰るとこ?」 「ああ」 「じゃあ、僕練習あるから」 「おう、頑張れよ〜」 手を振って校庭でノブと別れた光は、一人校門を出た。授業後屋上で少し休んでからの帰宅だった為か今帰ろうとしている生徒は少なく、学校からの急な坂、通称地獄坂にも、東郷高校の生徒はほとんど見なかった。 商店街へ出て左折する。車の行き交う路駐の多い駅前通りだ。正確には駅の横を通りすぎる通りだが、駅前通商店街などと言うたいそうな看板もある。本屋に食堂、金物屋、八百屋、魚屋、パチンコからコンビニ、雑居ビルまでいろいろな店や小さなビルが立ち並ぶ並木歩道のある通り。 ふと、コンビニの前を通ったとき、どこかで見た制服とすれ違った。 「―――大野高校……」 来ている。 大野高校の奴らがもう東郷へ来ている。 “田川を倒した男”の噂は北へと流れていったのだろう。大野高校は駅にしてここから5つ北に行かなければならない場所だ。田川の居る北高はその一つ南の駅から西へ行くとある。 釣り合っていた状態が崩れ、北にある高校の共通目標が、光に向けられつつあるのだろうか。 「う〜〜、まだ“力”も確実に使えるわけじゃないってのになぁ」 踏切を横切り駅前を通って川を渡る。光はアキが説明していた付近の勢力分布を思い出していた。 東郷は“北”と“中”の狭間にある。“北”は北高と大野高が、“中”は湫田東高と西高が対立していて“南”は群雄割拠。そしてそれぞれの対立に加えて北・中・南の三竦みの状態があるらしい。 「!!」 と、橋の上まで来た光は、前後を人でふさがれて立ち止まった」 もう、止められない。 ……つづく 前のページへ戻る 次のページへ進む 小説トップページへ戻る |