早朝の郡山にて・・

「ファーァ〜〜アアァ……」
 大きく伸びを打ち時計を見る。
 水郡線の始発は6時4分。

 吉野家とコンビニで時間をつぶし、駅の通路で郡山の夜を明かした私は、水郡線の始発へと足をすすめようとしていた。

 5時30分。頃合いだ。
 ゆっくりとホームへ行き、
 列車内でくつろぐとするか。

 私は中央口のただ一人の駅員のところに行き、4日間をかけて丁寧に色付けされた青春18切符を見せた。

「うわぁ、すごいねぇ」
 最初の一声。
 駅員は続ける。

「私も実はマニアでね、暇さえあれば全国に出かけていたんですよ。検札器や行き先表示板や、いろいろ集めてたなぁ……」

 水郡線の始発は6時4分。
 出発直前の列車に、
 私はいそいそと乗り込んだ。


言い訳
 実話です。郡山駅で夜を明かしたときの、ちょっとした小話ですね。
 駅前の吉野家で牛丼をたいらげ、コンビニで少々立ち読みをして、駅の東西自由連絡通路で夜を明かしました。
 通路脇に新聞と時刻表を敷いて座り、壁にもたれかかって寝る。貧乏旅行ではよくあることです(笑)。と、背広のおじさんが話し掛けてきました。なんでも最終列車に乗り遅れたとか。途方に暮れていたところを私の姿を見つけ後をつけたのだとか。雨風を凌げるいいところを知っているなあと、感心したのだとか。面白い話ですな。こっちが地元ではなく名古屋の人間と聞いてたいそうビックリしていましたが……。
 そんなこんなで早朝になり、上述したような出来事を経て水郡線へと旅は進みます。

 綺麗な景色、勇壮なる自然の洗礼、情緒溢れる町並み、崇高な芸術、感動はそれぞれに味わえます。付け加えるなら、それをけなすつもりなど毛頭無い。しかし、人が人として最高の感動を与えられる対象は、やはり人だと思います。芸術だって、絵画や彫刻そのものではなく、それに込められた人間の思いに感動しているんだもの……。何が言いたいか分からなくなってきちゃった。ようは、このつれづれのおとで書いている文章って、旅の中での感動を書いてはいるけれど、旅の良さそのものではなく、実は旅じゃなくてもいい、人との繋がり、他人の認識が与えてくれる心地よさとでも言うのかな、そういうものが書きたいな、と。ああ、結局なにが言いたいのか分からないや。

 しめなきゃ、しめられない、難しいな。つまり僕が思うに、こんな小話みたいな、くだらない、でもなんとなく分かるな、って言う経験が積み重なって、それが旅になり、そんな旅が繰り返されて僕という人間を形成してくれて、そんな旅の積み重ねが僕の人生になってくれたらいいなぁ……。なんてね。くさいね。笑おう。はっはっは。

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