Murder In The First ::: ヘンリー・ヤング事件
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| (日本版パンフレットより・・・当時の訴状の一部) |
アメリカ合衆国
カリフォルニア州北区連邦裁判所南部方面部
連邦法典第18巻452条:殺人
前記地方裁判所の当該部の1940年11月開廷期において、大陪審は、宣誓の上、以下の通り告発する。
ヘンリー・ヤング(以下、「被告」という)は、1940年12月3日ないしその頃に、合衆国の専属的な使用の下におかれ、且つその専属的管轄の下にある場所であって、前記の部及び地区内に存在する、カリフォルニア州アルカトラズ島において、1人の人間、ルーファス・ロイ・マッケインの身体を、かねて計画の通り、同所、同刻、鋭利な金属製の道具、すなわち刃渡り4センチほどのナイフで、突き刺して傷害を負わせ、同刺突行為及び傷害により、1940年12月3日前記ルーファス・ロイ・マッケインを死に至らしめ、もってその人間、すなわちルーファス・ロイ・マッケインを、不法に、故意に、害意を持ち、且つ計画的に、殺害したものである。 |
Frank J. Hennessy
合衆国連邦検事 |
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| (日本版パンフレットより一部抜粋しています) |
***隠蔽されたヘンリー・ヤング裁判***
エンターテイメント作品である「告発」は、テーマを伝えやすくするためのフィクションの要素も含まれているが、時間や場所など、可能な限り細部にこだわって作られている。だが、ヘンリー・ヤング裁判の調査はかなり難しく、当時の裁判記録の多くは破棄されていた。ロッコ監督はこれらの書類は、不正発覚を恐れた当局によって、故意に捨てられたのではないかと考えている。諦めきれないスタッフは、公文書館や歴史学協会の本、ファイル、写真などをしらみつぶしにあたり、囚人、判事、証人たちにインタビューして、複雑なパズルを組み合わせるように脚本を書き上げていった。集めた資料の中には、担当弁護士の大量のメモもあったと言う。
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(ヘンリー・ヤングの実際の生い立ちや事件について)
情報提供:Life is Gas様
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映画ではヘンリー・ヤングは両親を亡くし、妹のために未成年の時に盗んだ5ドル、この初犯で服役した事になっていますが、実際は問題の多い両親の元に生まれ、父親から盗みを教えられ、21歳の時の窃盗で服役したのが最初だそうです。そしてその後も何度か盗みで服役し、刑務所内で様々な手口を学び、出所後に共犯者となる仲間を見つけるという、まさに刑務所内で出来上がっていった犯罪者の1人だということです。実際のヘンリーはアルカトラズに入所する前に、数度服役した犯罪者で、銀行強盗、殺人犯だったそうです。
経歴を変えることで、観客はヘンリーに同情しやすくなり、不当な扱いを受け、劣悪な環境が彼を殺人者に変えたという、この映画の一つのテーマもまた、受け入れやすくなっています。
映画では勝利を勝ち取ったものの、ヘンリーはアルカトラズに戻され、独房で死亡したことになっていますが、この点も違っているそうです。裁判後、ヘンリー・ヤングは別の刑務所に移され1970年に釈放され、その後は消息不明だそうです。年齢的に既に亡くなっているかもしれないですね。
私はブラッド・ドゥーリフ氏が演じられたジェームズの兄、バイロン・スタンフィルについて、実在のモデルがいらっしゃったのか興味があったんですが、この点は分からないままです。さらに、ヘンリー・ヤング事件を担当した弁護士も実際は二人で、ジェームズ・スタンフィルのモデルとなったのがどちらの人物だったのかも分からないそうです。
・・・Life is Gas様 貴重な情報をありがとうございます!!
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