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Real Name :Ryo McCartney
Blood Type :A
Home :Japan
Life :Musician(piano,guitar,bass,harmonica,etc...),Magician,Tennis Player,Golf Player,KARAOKE ,Bowling(HighScore 222)etc...
Favorate Songs:Beatles,Mr.Children,My songs
Computer:PowerMac G4 Cube 1.4GHz(PowerLogix) with GeForce MX2
120G HD
平成14年10月25日、あのリボルバーのリッキーさんとセッションをしました(^^)。

1991-2002
1.出会い2.彼はヘビメタ3.Beatlesに染まれ4.Two Of Us5.Georgeがいない!!6.Beatloose結成7.The Beatrose8.恋のウルトラボンバーズ9.医師国家試験10.偶然見つけた雑誌の記事11.みごと合格!!
1.出会い :1989年4月。Ryo McCartneyは大学の体育の授業で運命的な出会いをする。John Ikeuchiはそのとき住居が近くだということで放課後ギターを持って家に来るという。。。
2.彼はヘビメタ:Johnは真赤なギター片手に家にきた。「やっぱヴァンヘイレンだぜ!!」....やばい...僕がビートルズを小学校のとき知って以来の長年の夢だったBeatles Copy Band結成はまた夢に終わるのか...
3.Beatlesに染まれ:とりあえずBeatlesのHIT曲ばかり集めたTapeを彼に渡した。「ええっ?!、Beatles? まあ聞いとくわ。」
4.Two Of Us : 数日後Johnは「Beatlesかっこいいじゃん。やろう!」と僕に言ってきた。我々は言ってから行動までが早い。同級生のDrum経験者(後のRingo Morimoto)に頼み、3人でTwo Of Us(LP:Let It Be)をその日に録音した。完成度はいまいちだったが、Beatlesをやれたということが何よりもうれしかった。その後3人で20曲ほど思いつくままにBeatlesをコピった。
5.Georgeがいない!!:それなりに我々は満足していたが何か物足りない。....そうだGeorgeが足りない。BeatlesのハーモニーはJohnのDrive Voice、PaulのSweet Voiceに、あの鼻からぬけるようなVoiceがあってこそなんだ。2人だけではNowhereManも、This Boyも完璧どころか全然だめだ。1991年、同級生に今からギターを買ってヘビメタをしたいという男(後のGeorge Fushimi)がいた。.......彼しかいない。そうだ!! JohnもそうだったようにTapeを聞かせてGeorgeに染めよう!!..........1週間後かれはエピフォンカジノギターを買い、メンバーになった。

6.Beatloose結成:1991年、The Bearloose結成。学祭、催しに積極的に参加し、名声、実力共に県内No.1のBeatles Cover Bandへのし上がって行く。

7.The Beatrose:しかしここで大きな問題にぶちあたった。そう、The BeatlooseというBandが他にも存在したのだ!NHKの「FIGHT」という番組でBeatles Copy Band大会というのをやっていて、その優勝者が彼らだったのだ。(I am the Walrusで優勝).......いやだ!...いやだ!.....僕たちは僕たちなんだ!......そこで我々はすんなり名前を変えることにした。The Beatrose!!........Beatする薔薇の花。ひびきもBeatlooseと似ているし違和感もない。よし!!これだ!!
8.恋のウルトラボンバーズ:The Beatroseとして再スタートをきった我々は、すばらしいBandと出会う。恋のウルトラボンバーズ。彼らは「すかんち」のCopy Bandでルックス、演奏とも完璧の域に達していた。彼らとLiveを何回となく共にし、共通の、またそれぞれのファンをつかんでいった。後に彼らはNHKの「FIGHT」という番組で見事優勝をはたす。

9. 医師国家試験:気付いたら僕たちはお互い『JOHN!』、『PAUL!』、『 GEORGE! 』、『RINGO!』で呼びあっていた。そう、もうビートルズになりきっていたのだ。国道32号線はアビーロードだし、大学の教室から見える草むらはストロベリーフィールズだった。でもその日はやってきた。そう、僕たちは医学生なのだ。そろそろ国家試験の勉強をしないといけない大学6年生の夏がやってきたのだ。他大学の学園祭、市内のデパート屋上でのビアガーデンでのコンサート出演などいろいろ依頼がきていたのだが勉強を理由に断わる回数が徐々に増えていった。いつのまにか、たまにスタジオに集まっては勉強のストレス発散のため演奏するだけのバンドとなってしまっていた。
10.偶然見つけた雑誌の記事:秋も終わろうとしていたある日、Johnがある雑誌を片手にやってきた。『ハウステンボスに行きたくないか?』......その記事の内容は大晦日にハウステンボスで演奏してくれるアマチュアBEATLES COPY BANDの募集だった。テープ審査で5バンドのみ。ルックスが売りだった僕たちにとってはテープ審査のみでは難関だ。しかしビートルズに対する情熱が僕たちを行動に移した。さっそく『Tell Me Why』と『One After 909』を一発録音し、それにわからないように重ね取り(内緒(^_^;))して僕たちの熱いメッセージと写真(リバプールのBeatles Shopで買った服を着て演奏しているもの)を同封して送った。
11.みごと合格!!:何日、いや何週間が過ぎただろうか?ハウステンボスの話題ももう出なくなっていたある日、電話がかかってきた。『あなたたちのバンドが選ばれましたので大晦日、ハウステンボスヘ来てください。』......大学の図書室で国家試験の勉強をしているメンバーにさっそく朗報を伝えにいった。そのときのみんなの驚いた様子は今でも鮮明に覚えている。
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