成長記録1(誕生から退院まで)
多少TOPの説明と重なる部分もあるかと思いますがご了承ください

いつか自分の病気について疑問の持つ時が来るあなたに、母からの贈り物・・・



平成11年12月22日 誕生

逆子だったため帝王切開術により産声を上げる。
身長は定かではなく、体重は2766グラム。ほかは特に測定されず・・・
かなり手術室の中はあわただしかったのは覚えている
母は手術台の上でボーっとしています。
下半身麻酔を希望していたが何故か全身麻酔でした。
それはきっとそのときのとっさの先生の配慮だったのかもしれません。それは、妊娠中、頭が少し大きいかな?と言われただけの赤ちゃんがなんと背中に大きな瘤をつけて生まれてきたから・・・
母はその後はまるで記憶にありません・・・。きっと逆子が治らなかったのも背中にあった瘤のせいでお腹の中で苦しい思いをしていたせいかな?
そのためあなたは一生ハンデを持って生きていかなければならなくなりました。でもこれは誰のせいでもありません。
妊娠中にタバコを吸ったわけでも、薬を飲んだわけでもない。思い当たる原因は何一つない。
でもあなたはこうして生まれてきた・・・ 
生きているだけでも感謝です。妊娠中に逆に病気の事がわかっていたら母はもっと悩んだかもしれません。
病院では中絶を勧められることが多いそうです。どんな体で、五体不満足であったとしても大切な命に変わりはない・・・
今だから言えるのかもしれませんが、本当にそう思います。
でもその重荷に耐えられず中絶する人もいます。それはその人の自由です。それに簡単に中絶できたわけではないでしょう。
きっとすごくすごくなやんだ結果がそうだったのだと思います。
でもあなたはこうして生まれてきた・・・
私とパパの子供として・・・そしてハルキの弟として・・・
あなたは愛されて生まれてきました。ずっとそれだけは忘れないでいて欲しいです。

この日あなたはパパと先生と一緒に救急車にのり生まれてすぐに大学病院に転院しました。

母はあなたと一緒にいれなくてとてもとても寂しい思いをしました。
世界で一人取り残されたような・・・・
でもあなたも別のところで頑張っていたのですね。母よりずっと大変だったでしょう・・・
この日の出来事は一生忘れる事が出来ないと思います。


平成11年12月23日 脊髄髄膜溜の修復手術

この日、朝からナオキの手術は行われました
でもこのことは丸で母は知りませんでした・・・まだ病気の事も知らないのですから
8時間にも及ぶ手術をナオキは小さい体で耐えました。本当によく頑張ったと思います
こうしてナオキの背中には大きな傷跡が残る事になりました
これはナオキが頑張ってこの世に生まれてきた証なのです


平成11年12月28日 水痘症のシャント手術

まだこの手術の事は母には知らされず・・・パパは連日病院通い。
水痘症の手術はしばらく様子を見ていたのだが日に日にすこしづつ頭囲が大きくなっているのでやはり手術したほうが良いでしょうとのこと。
この日は5時間ほど手術が行われました。
まだ髄膜溜の手術の傷も治っておらず抜糸も出来ていなかったのに・・・
この日から脳室から耳の後ろ、首の皮下を通して腹腔までチューブが入りました
頭はツルツル・・・頭と耳後ろ、それにお腹に傷が出来ました
とっても痛々しい写真が残っています。でもこれはママにとって大切な宝物です


平成12年1月1日 初めて母とナオキのご対面

この日やっと母とナオキが会う事が出来た
12月31日に母が病院を退院。普通なら赤ちゃんと一緒に退院できるのに・・・とちょっと悲しくなった。
でもやっとナオキに会えると思うと嬉しかった。この日までにはパパに病気のことについて少しだけ知らされていた
私はしばらく実家でハルキと一緒にお世話になる事になった
1月1日、パパが車でお出迎え・・実家の父と母、それに私の妹も一緒に病院へ行く事になった
初めて入るNICU・・・中学生以上でないと入室は許可されないため、ハルキは残念ながら外のテレビモニターでナオキとのご対面となった
うつ伏せに寝かされ、背中と頭には大きな傷・・・とっても痛々しくてかわいそうだと思った
保育器の中に入れられ、鼻からチューブでミルクを飲んでいた
体中に心音を測る機械や酸素飽和度を測る機械、たくさんの線がつけられていた
思わず保育器の中に手を入れて手をぎゅっと握り締めた
足は踵足・・・それもうつ伏せで寝ているのに足の裏がついているほど足が変形していた
お腹の中で苦しかったろうね、手術頑張ったね・・・それしか声をかけてあげられなかった

ナオキの担当の小児科の先生と脳外科の先生に会う
先生からパパとママ揃って経過の説明を受けた
心構えをしては行ったものの、やはり先生から病状の説明を受けるとなるとショックは大きかった
ナオキのレベルはL3で将来歩行は無理、車椅子になるでしょう、足の変形は残る事、脳にも問題があるかもしれない事、(これは後でキアリ奇形でない事が判明)手術の前のナオキの瘤の写真を見せてもらったり・・・かなり重い病気であることは理解できた


平成12年1月28日 ナオキ退院

ようやくナオキの退院の日
これまでに母は毎日病院に通い母乳を搾っては届けた
日に日に少しづつ大きくなる我が子を見て嬉しかった
退院ができるとわかってすごく嬉しかったが、反面これでうちに帰って大丈夫なのだろうか?
今までいろいろ機械をつけていたのに・・・夜中じゅう寝ないで看病するようかしら?・・・などとそのときは本当に不安でいっぱいだった
できるものなら病院の機材を持って帰りたいくらいだったのだ
まだそのときは同じ二分脊椎のお子さんを持つママとは知り合えておらず・・・
いつもはイケイケの前向き志向の私でもかなり不安だった

ナオキの頭の傷はまだ少し痛々しく見えていた・・・


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