撮影雑記帳 2004年9月編
★9/8 彼岸花
通勤電車から見る彼岸花、9月の声を聞いた途端に咲き始めたが、まだちらほらだった。この日は通勤途中に毎年撮っている彼岸花がまあ見頃かなというくらいになってきたので撮ることにした。天候も当然ファクターのひとつになるのでここ2、3日と決めていたが一番天気のいい日にした。あれこれ撮っておいてもいいのだが、あとで整理が面倒(と言うか、やっていない・・・)なので近所のものほど一発必中を狙って撮ることにしたのだ(思いつき・・・)。
まあ、年に一度カメラを向ければ気が済むという被写体のひとつではある。
★9/11 カッキーン!!!!
全国誌発売日。兼ねてから待っていた一等賞掲載の日だった。賞金も出たので年末の小遣いと併せて中古のカメラを買うつもりだ。相変わらずデジタルに進化(?)しようという動きはない。EOS−1が先のサービスステーション検診で最後通告を受けたので次期メインカメラの物色に躍起になっているというわけである。
それはともかく、予想通り私の写真は応募テーマの写真としては地味なものであった。山登りをしたことのない写真家が審査員だったら落選していたかもしれない入選ラインナップだった。しかし、一生に一度くらいこういうことがあってもいいだろう。顔写真なども掲載(笑)されていたが、もう3、4年も昔のものだからそろそろ新しいセルフポートレートを用意しておこうと思う。デジタルカメラもあることだし、ボーズに使い方を教えれば何とか撮れるだろう。
まあ、カッキーン!! これは一等賞なのでホームランと言ってもいいだろう。
★9/13 やはり穴場
平日だが仕事は休んだ。いろいろな役所の手続きや用事を頼まれて家にいることになった。それでも昼前の3時間ほどは時間があったので地元秦野は四十八瀬川の彼岸花の写真を撮りに行った。休日なら誰彼となく撮りたくなるような場所だと思うが、平日では誰もいなかった。そんなわけで田の畦に並んで咲く真っ赤な花の列を心ゆくまで撮ることができた。薄曇りと時折さす陽光がそれぞれにいい雰囲気を作ってくれた。
下手な名所になってくれるなと毎年のことながら思うことであった。
★9/15 白い花
職場は川のほとり(?)にあり、その川に沿って土手がのびている。何年か前からその土手に等間隔で白い彼岸花が植えられているのに気がついて、いつかは撮ってみようかと思っていた。仕事中にというわけにはいかいなので、ちょっとした休憩時間に土手を歩いて撮ってみた。きっとアルビノ種なのだろうが、やはり赤の中に咲く白い彼岸花は目立っている。撮り方も凝らずにストレートに撮っただけのものになったが、こうした突発的な写真というものはいつ現像に出せるのか自分でもわからない(笑)。これも撮ってみて気が済むタイプの被写体なのだろう。そういうお手軽な撮影だった。
さらに何年かたち、株別れしたこれらの花が土手を飾るのが来た日にはちょっとした名所になる予感がする。そういうのどかな場所で現在は働いているということだ。
★9/16 全国区通知
さるフイルムメーカーの全国コンテストに入選した。内定はもらっていたがその賞云々は後日ということだったので多少は期待していたのだが、結果は「入選」だった。コンテスト常連の御仁から見れば、こうしたものは「平」入選というたぐいのものらしいが、私にとっては名だたるカメラ誌に名前が載るだけで天にものぼる思いである。つくづく飽きっぽい私が写真などという気の長い趣味を継続していられると思うところである。写真は鉄道写真である。このところこの手の写真が評価されているので何となくその方向へも足を踏み入れたくなるが、撮影ポイントなどで撮ったものではなく、単に「風景写真」の範疇で撮ったものなのでこうしたジャンルに浮かれ出ることもないだろう。これだけのコンテストなので「作品集」などは出るのかな、と思うが、出してもらえればとてもいい記念にはなるなあ。
★9/20 新年度
写真誌発売日。特に掲載されたものもなく、まあそんなものだと思った日ではあったが、各誌とも2005年度の誌上コンテストの要項を発表していたので関係誌に目を通した。ジャンル名が変わったものや、忌避事項なども若干変更してあったりするのでチェックは必要だ。写真を応募するに当たってその雑誌を買わなければ応募する資格がないというものは知るところ2誌だった。あとは出して載れば掲載紙を買うというのが私のパターンである。流れに乗れば年間賞を取りたいな、などと分不相応なことを考えてしまうが、念ずれば通ずという言葉もあるくらいだ、写真を選ぶ目だけはしっかりもっていきたい。世の中には凄い人がいるのだなーと年間賞を取った人のコメントなどがこの時期からまたぞろ載ったりするが、そういう人に比べれば私などはまさに「お手軽」な部類のアマチュアだろう。まあ、撮ったものを評価してもらいたいというのは人の常、参加することに意義あり、と応募を来年度も続けていこうと思った次第である。
★9/26 日光へ
秋雨前線の動きがはっきりしないところへ、業を煮やした私は奥日光は日光白根山への撮影を決行した。結果的には霧、曇天の撮影だったが、9月にして紅葉を撮るという今までにない経験をしたのでクルマを使っての撮影がいかに世間を広げることになるか改めて知らされたこととなった。標高2000メートルではこの緯度でもう紅葉は始まっていて、この紅葉が終わる頃には落葉松が色づくという感じだった。それでも10月に入ったらそれらも見頃を迎えるのだろう。山梨だなんだと去年はあの辺をうろうろしていたのだが、その感覚より1月も早く季節は進んでいる。この調子でいけば12月上旬までうまく月一登山をすれば4回の紅葉写真が撮れる算段になる。
うーん、それっておいしいなーと思う私だった。
それにしても日光という超メジャーな国立公園に来たのは小学校の修学旅行以来というのだから歳月の流れの何と早いことか。もたもたしているとこんなペースでは今度来る時は仕事をリタイヤした後ということになる。長生きはしたいけどやっぱり一級の国立公園の特別地域にはそれなりのものがあるとは思っているのでこの「日光」も毎年とはいかないだろうが、忘れない程度に訪れたい。そう思った栃木遠征だった。
詳しいことは「山行記」。高速を使わないで行く栃木とは一体・・・。昔の大垣夜行を使った頃の雰囲気とよく似た心境だった。
★9/30 去りゆくもの
雑誌発売日。掲載。実に喜ばしい。勝負に出た写真だったが佳作止まりだった(しかも勝負写真でないもの)のでちょっと力が抜けたが、それはそれ小さく本屋でガッツポーズである。しかし、この雑誌今号で休刊という寂しい記事を見つけたときには、やはりこの手の雑誌も多いので生き残るのは難しいのだなと感じた。写真はライフワーク、応募は趣味と嘯いている私でもあるので、こうした作品発表媒体が減るのはとても悲しい。この雑誌でもいろいろと作品が掲載されお世話になった。ここに感謝したい。
撮影雑記帳 2004年9月編 おしまい
|
|