撮影雑記帳 2003年9月編
★よしよし
9/3。今日帰ったら、某写真誌からの入選通知。大師匠の竹内先生のコンテストだ。この雑誌は今年になってブレークしているもののひとつで毎月核になる最新の部類になる写真を応募している。しかし、今回掲載されることになったものは自分でも意外なことに滝の写真だった・・・。この手の水関係(「お水」ではない)の写真は実際苦手だったりして、コンテストに出す場合も枯れ木も山の賑わい程度であることが多いので、選評が実に楽しみだ。特に奇策に出たわけではないごく見た目のストレートな写真だと思うのだが・・・。何かが発見できれば、嬉しい。
★大金欠
9/7。今に始まったわけではないが、お金がない。家にあるいろいろな基金から借りまくっている。給料日が遠いので今月分の小遣い分は借りている・・・。それがほとんど写真関係というのは仕方がないのだが、普段の生活でもちょこまかと出るものは出るのでそういうところに充てるお金が実のところものすごく痛かったりする。そんな事態だが、最新作の部類の現像もなおざりにできないので、北ア一部と伊豆一部、通勤途上一部とすべて24枚撮りの現像だ。36枚撮りの現像に出せないことが情けない。
出来は、伊豆はまあまあ、北アは今後の36枚撮り部隊の調子にかかっている。
★月光
9/10・11。このところいい天気が続いている。特に退勤してから30分の間に日没になるのでこの二日間はなかなかドラマチックな風景とスナップが撮れたと思う。通勤時でもカメラを持っていて良かったなー、と思うこのごろである。さて、中秋の名月などと言っても月見饅頭を買って食べるのが我が家の恒例行事なのだが、10日の夜空はとても美しかった。おりしも火星が接近しているというので毎晩赤い星が目立っているのだが、その日はたまたま自治会の仕事で夜中に書類を配り回っていた時に、月にかかる彩雲を見てしまった。さすがにそんな時までカメラは持っていないので、さっさとそんな書類は配ってしまって家に帰ったがもはや後の祭り、全盛は過ぎていた・・・。それでも周りの雲の形は美しく、ベランダに三脚を立ててそんな夜空を撮っていた。本当に「逃がした魚は大きい」と言われるが、夜空に輝く彩雲はとても美しかった。ちなみにPLでその効果を確認しようとしたが、私の目では無理だった。レンズも相応のものだったのでやはり夜ではその暗さが影響していた。
これもそれなりに写っているとは思うが、是非とも幻想的な映像になっていてほしいと願うばかりである。
★3期連続
9/12。天城の写真コンクールからの通知で入賞が決まった。「賞」としては上から4番手なのだが、このコンクールを知ってから3期連続なので「常連堅持」を果たしたことになる。ともあれ、このコンクールは今まで年一回が通例だったのに今回に至っては年2回という変則での開催だった。なぜかな、と一時は思ったが、どうやら町村合併で来年度からはこの一帯は「伊豆市」という行政区になるそうな。そんなことが「お知らせ」として記してあった。そうすれば中伊豆や土肥も含まれるということで私にとって不利な条件は特にない。是非ともこの手のコンクールは継続していただきたい次第である。ともあれ、なくなることも考えられるので、昼食つきの授賞式には今回はできうる限り出席したいと思っている。できれば紅葉の時期などが一石二鳥で手間が省けていいんだけどなーと、都合のいいことばかり考えている・・・。
★富士山のぼりました
9/15。敬老の日。巷は3連休の最終日。この3日間はまるで真夏のような暑さだったのだが、私は富士山に登りに行った。山登りといえば「山行記」に譲るのが筋なのでここでは簡単にしか書かないが、目的は「宝永山」。要するに日帰り富士登山計画だった。しかし、私は御殿場口からあの累々たる砂礫を登り始め、その5時間後に目ざす宝永山から400メートルも高い場所に立っていた・・・。「うーむ、6合目で宝永山にトラバースするタイミングを間違えた・・・」ために起こった3000メートル突破だったのだが、標識によると「頂上まであと1時間40分」のところにいた。もちろんそのまま勢いで頂上に登ってしまうほど私も若くはないので標高2600メートルの「目的地」に下ったわけだが、このコースは登り始めからいきなり森林限界なので実に趣向としては他の山登りとは異なるものがある。何しろ、この殺風景さ、広漠とした雰囲気、雲が下から這い上がってくる不気味さなどはアルプスでは感じられない。単に近いとか、有料道路を通らないとか、この御殿場口を選ぶ理由だけは私の場合ははっきりしている。やはりこの「独特さ」「非日常さ」が他の富士登山道より図抜けていると思うからである。あの風景は見るとぞくぞくするものがある。
そうして、宝永火口から御殿庭・双子山を経由して再び御殿場口に戻ったわけだが、この御殿庭は課題になった場所だった。「森の中」の不思議な景色を見たのだが、それをどう撮っていいかよくわからなかったのである・・・。フイルムの残量を計算してしまったのが情けない話なのだが、「これは撮りきれないので次回」と逃げてしまった。その「次回」はいつなのか約束はできないが、「森」の写真は前々から撮りきれない被写体だった。例えば、「北八ヶ岳」や「南アルプス」の森の写真を「ああ、いいなー」と思ってもこんな調子では、どこに行っても尻尾を巻いて帰ることになる・・・。やはりもうちょっと何に惹かれるのか整理した方がいいなー、と考えた一日でもあった。
しかし、帰りの新松田・渋沢間の渋滞には参りました。家まで後一歩というところでの大渋滞。連休の上り線を甘く見ていたわけではないですが、形のいい入道雲、車窓で空しく見送りました。
★2発!
9/20。写真誌発売日。今月は2誌掲載。事前にわかっているものなので選評を読む。P誌は読んでいてくすぐったい感じがした。それは自分の狙いと選者が選んだ理由がほぼ同じところにあったからである。別にこういう写真を撮れば載るということではなく、なぜ選ばれたのかな、と考えた時に「あー、なるほど」と思う程度ではあるが。しかし、もう1誌は御大、竹内先生の選評だ。被写体についての着眼についてはなるほどと思ったが、露出の「甘さ」についての指摘は痛かった・・・。実際、私はその場で「それでいい」と判断していただけに、お手軽35ミリのまさに「手軽さ」をつかれた感じがした。それと同時にプロは私など(当然だが)より一段も二段も厳しいところで写真を撮っているのだなー、と考えさせられた・・・。うーむ、やはり竹内氏ではあった。
★商品券
9/21。今日は秋晴れ。ボーズとボンズを連れて、小田原の田んぼにトンボ取りに行った。羽の黒いトンボを捕まえに行ったのだ。ここは私が通勤時にハグロトンボを撮っていた場所で今度は本当に取りに行った。トンボにとっては災難だ。ボーズがトンボ取りに興じている間に私は秋晴れにたなびく雲を撮っていた。実に爽快だった。
その後はクルマで足柄峠に行き、富士山を鑑賞。雲も少しかかっていて、「笠になるかな」と思ったが、この日も中途半端なままで帰ることになった。それでもここで撮った空も美しかった。
家に帰ってから、宅配便が来た。先月応募した写真展の結果通知だったが、入賞ということで商品券1万円が入っていた。「おお!」と喜んだがこういった券はあまり使ったことがないので螢子の口車に乗せられて、現金6千円で交換した。まあ、いつも道楽を見て見ぬ振りしてもらっている感謝の気持ちとしての交換だった。(しかし、後になってその券がキタムラやコージツで使えることがわかった時には少々後悔した・・・)写真展の内容は「木」に関するもので、そういうテーマだったら出してみようかな、と締め切り1週間前に応募したものだった。それが入賞、あまりあれこれ考えて応募するより直感で作品は選んだ方がいいのかな、などとも思った。この作品の展示は小田原のとあるショッピングモールでされるとのこと。期間中、私は行くことができないので職場関係の小田原在住の人に同梱されたチラシを配って回ることにしよう。まあ、作品が認められてお金が入ったことはうれしい限りだ。これでたまったフイルムの現像が少しはかどるというものである。
★彼岸花
9/25。今年は彼岸花の写真を通勤時に撮っていた。9月の頭には咲き始めたので今年は夏も短かったし・・・。と彼岸までにピークを終えてしまうのかとがっかりしていたが、結局、場所によって差があったようで、私が通勤時に歩いているコースは下旬がピークだった。だから数日に分けて撮っていた。別に名所でもなんでもない所だが、田の畦に咲くのがこの花なので相応の風情はある。今日は人物を絡めて撮ったが、もともと里の花なので自分としてはそういう写真が撮れたことは嬉しい。コントラストも青空といい感じで、なかなかのものだと思った。おかげで気持ちよく仕事に入ることができた。毎朝、そんな写真が1枚でも撮れれば仕事もスムーズにいくのにと思う、そんなことを考えた日だった。
撮影雑記帳 2003年9月編 おしまい
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