撮影雑記帳 2002年2月編
2/5
21世紀初のキャノンフォトコンテスト全滅!3分野にわたって応募してどの作品も最終予選にもかからなかった…。憂うべき事態、などと自分では言っているが、主催者側からすれば「大した作品ではない」ということになるのだろう。このようなビッグなコンテストは滅多に応募しないのだが、「キャノン」だけはユーザーなのでここ数年応募している。また来年ということで、いい作品が撮れたら応募することにしよう。
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2/7
市の観光写真展に応募した作品が全滅した。この時期に来ての通知は絶対的に落選なので「あーあ」という感じである。別段力を入れていたコンテストではなかったが、出したからには某かの算段があった(ような気がする)。まあ、キャビネ程度でいいだろうと、最低の大きさで応募しているところなどでも心根の小ささが伺われようものである。小さな労力では大きな成果は到底得られない、ということを身をもって知った通知だった。
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2/11
詳しくは新しく立ち上げる(予定)の記録に書くが、この天気で山梨は三つ峠山に登ってきた。当初の天気予報より良いと判断したためで、それでもって一日展望のない雪道を歩くことになった。この山は富士山が見えない時には登らないとあれほど言っていたのに、退くことを考えない性格ゆえ、大月まで来た時に「もうここまできたのだから、富士山が見えなくても登る」としてしまった。大月どころか、町田で引き返しても良かったくらいだった。
おかげで断続的に粉雪の舞う中の登山となり、結局富士山は河口湖へ下りた時にようやく姿を見せたという笑い話。単に歩いたことでロケハンとは言えない内容にがっくりきた。
しかし、それとは別にこの「富士山」を撮るために三つ峠に登る人々の数のなんと多いことか。その労力を持ってしてやはり富士山が見える時に登るべきだと痛感した。
富士山が全く見えなかった、というのを今ではよしとするしかない。中途半端に見えていたらそれこそ悲しい。
実際にリバーサルを使ったのは頂上付近から3本程度。雪景色を撮ったのみだった。
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2/20
今日は写真誌の発売日。結果は3誌全滅、1誌掲載という内容だった。この1誌は私が力を入れている雑誌なのでこの結果を持ってしても一矢報いたという感じである。あるテーマに沿った内容の写真を応募するので私の出した写真はテーマを外れていなかったということだろう。何点か応募したうちで「こいつは頼むぞ」という1枚だったのでとても嬉しい。
3月にはこの出版社から撮影テクニック本が出るというのでその作例として3点の作品も供出している。掲載は未定であるが欲を言えばみんな掲載してほしい、と思っている。
まあまあといったところだ。
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2/23
今日は午前中近場で写真を撮っていた。天気も良かったので春の風景を撮りに畑だ田んぼだとうろうろしていた。撮ったものは梅、竹林、フキノトウ、飛行機雲という感じだった。土筆を撮ろうと思ったのだが、まだいつも見つけるところでは出ていなかった。構図もあまり変わり映えしておらず時季の写真としては平凡なものだったと思う。最近は天気もパッとしないので飛行機雲もご無沙汰だったがこの日は撮れたので良かった。
フキノトウはちょっとマクロレンズで頑張ってみた。上手く撮れていればいいが・・・。三脚も山用のマウンテンチェイサーはやはり使い勝手がいい。それなりにコンパクトでしっかりしているローアングルもいけるので山に行ったら高山植物はこれでOKだろう。軽さは武器である。
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2/25
2月は28日までしかないので写真誌の応募は忙しい。もっと前から用意していればいいのだが、写真誌発売後にいろいろやるのが習慣になっているため、今月はちょっと辛かった。3月も下旬は予定が立てこんでいるために応募作業にどれだけ時間が裂けるかわからないが、忘れないようにしたい。あー、ほんとに駆け込みセーフという感じの2月だった。
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