遠野プロジェクト

(浄土が浜・本州最東端・遠野撮影行)

1990 GOLDEN WEEK

 

上野から急行「八甲田」に乗って盛岡へ。そこから山田線で宮古へと向かった。この旅行は3泊4日。宿泊地は宮古・陸中山田・遠野で全部民宿での宿泊である。プロジェクト名にもあるように遠野に行ってみたいと思った。きっかけは柳田国男の「遠野物語」を読んだことと、「姫神せんせいしょん」のCDアルバムを聴いたことによる。「座敷童プロジェクト」でも良かったのだが、会えないと名折れになってしまうので無難な名前にした。

なお、この旅行には本州最東端に行くという壮大な(?)オプションもついている。

写真は宮古の浄土が浜。最初は曇りだったのだが、ご覧の通り日が射すとなかなかまぶしい場所である。この私が「浄土」を感じたかは別として、訪問地のスタートとしてはこれ以上ないものだった。ここではウミネコを至近距離で見た。人馴れしているのかと思ったが、「ニャ〜」と鳴いて飛び去った。ウミネコとはよく名づけたものである。面白かった。

浄土が浜から宿泊地の方向に遊歩道が延びている。もちろん撮影が目的でもあるので、地図上で海沿いを行くその道を風光明媚なポイント満載と予想して歩き始めたのだが・・・。

それがとんでもないハードな遊歩道だった。

つまりは宮古より北側の海岸線が隆起海岸であったことより、そのアップダウンが想像を絶していたということなのである。これには大変参った。
なぜなら、「八甲田」ではまとまった睡眠をとっていないことと、山田線に乗り換える時に朝食を買い損ねて、1食抜いている状況だったのである。
それでも途中、自生のカタクリ群落を見つけて写真を撮ることができたことは唯一と言っていい救いだった。

写真は宮古の民宿へ行く途中のものである。
「女遊戸」で「おなっぺ」と読む。民宿の予約をする時には「どういう字を書くんですか?」と思わず聞いていた。

同じ宮古市でもとんでもない外れなのだという印象。市の観光協会のパンフレットにある地図など恐ろしいくらい役に立たないのではないかと言う予感がした。(そういう地図を当てにしたために次の日にとんでもないことになる)

風光明媚な所なのだろうがとにかく疲れたので仮眠、夕食、就寝となった。

翌日、天気予報は下り坂。しかし、東の空に青空が見えたため、予定通り重茂半島の最東端(本州最東端)トドが崎(「トド」とは魚篇に毛と書く)を目指すことにした。
宮古からバスに乗り、一度乗り換え、最寄のバス停から1時間以上徒歩での行程だった。宮古より南の海岸はリアス式海岸で湾の懐がとても深い。渡し舟で渡れば何のことない対岸へ、バスは湾の奥を経由して15分くらいかけていくところもあった。そういう地形を走るバスだが市街を抜けたら山の中。集落も小高い所に散在している。停留所ごとに運転手が新聞や手荷物を下ろす光景など今まで訪れたこともないような不便さを感じさせた。

トドが崎の最寄のバス停(名前は忘れた・・・)からとにかく道を下って一度海岸に出る。途中、昔の津波の遭難碑があり、「(前略)ここより下に家を建てるな」というような意味のことが書いてあった。周囲の殺風景な雰囲気と相まって妙な説得力があった。
海岸から岬に行くにはどうやら目の前の大きな山(「トド山」と地図にはあった)を越えていかなければならないようだった。標高は海から見ても相当なものに感じた。先日の隆起海岸のアップダウンで足にマメを作っていたのでげっそりしたが、登りは最初少しだけで後は山腹を同じ高さで道が出来ていて思ったより楽だった。

そして岬。山道を歩いている時は感じなかったが、山を抜けたら天気は雨になっていた。火照った体に霧雨は心地よかったが、長居は無用と映画の舞台にもなったこの岬を後にした。

この日の宿は重茂半島のもうひとつの付け根にあたる陸中山田。岬からバス停まで戻り天候の悪さから宮古まで引き返そうか考えたが、魔がさしたのか前進してしまった。文脈からこの「しまった」というのは結果としてろくなことになっていないわけで、いつも携帯している国土地理院発行の1/25,000の地図をこの時に限って持っていないために立ち往生してしまった。

岩手県とは日本一広い県だった。いくら歩いても小さな岬を巻くだけでパンフにある地名にたどり着かない・・・。こんないい加減な地図に頼ったのが間違いのものだったと、後悔しながら足を引きずっていると、嬉しいことに後続のクルマが「乗せていってあげましょう」と申し出てくれた。

何をするつもりだったのかと尋ねられ、「山田まで歩いていこうと思った」とこたえて、仰天された。私がいたところからアップダウン含めて20キロ以上あったという。傘はさせども雨に濡れ、冷え切った体にはたいへんきつい距離だったにちがいない。この人は東海大学出身の人で神奈川のことに精通していたので短い時間だったが話が弾み、あっという間に山田に着いた。宿では5月だと言うのにストーブとこたつがあった。これは大変助かった。東北の5月はまだ寒いのだと改めて実感した。

写真はその翌日のもの。遠野に行く直前の山田湾の風景である。とても穏やかな湾で海湖(「海の十和田」)と呼ばれているとのこと。天気は相変わらずすぐれなかったが遠野への思いは萎えなかった。

遠野では1泊2日の旅程で楽しんだ。遠野に着いた時は雨だったので撮影はやめて、市立博物館などを回って、「遠野物語」のことなどをいろいろと見ることができた。土産などもこの時に買ったりしたが、銘菓の「明けがらす」というものが試食で気に入ったので箱入りでない廉価版をいくつか買い込んだ。あとは東北ではポピュラーな「くるみゆべし」も買った。
宿に入ってまたこたつの中でその季節差(時差のような?)に体が戸惑ってはいたもののゆっくり休むことができた。天気予報では翌日は晴れるとのことだった。

写真はその翌日、「土淵の水車」にて。予報通り見事に晴れ渡った。
タクシーで一番遠いポイントまで行き、4時間くらいかけて遠野駅に戻る計画を立てた。デンデラ野、遠野伝承園、河童淵などをめぐることになる。

写真は河童淵のほとりにある神社で撮ったもの。東北の春の名残か桜が風に舞っていた。狛犬の隣で記念写真を撮っているが、これは「河童狛犬」というもので上から見ると頭にくぼみがあって水がたまっている。河童の狛犬といったもの。

駅に向かう途中、のどかな田園地帯の向こうに雪を頂いた山が見えた。早池峰山である。写真を撮っていると通りかかったタクシーの運転手氏が、ここのところ天候が悪くて全く見えなかったようなことを話してくれた。ラッキーと言うことだろう。そうかそうかと実に気分良く写真を撮ることができた。

遠野の印象はすこぶる良かった。1泊2日ではとてもとてももったいなかった。いつになるかはわからないがまた来たい所である。車窓の風景もいかにも地方のローカル線らしくのんびりしたものである。そんな景色を見ている間にうとうとしてしまっていた。

GWの苦行。
新花巻では「連休の現実」が私を待っていた。新幹線はもう満杯状態。乗れたのが不思議なくらいだった。当然次の駅からは乗車をあきらめる人が続出するような有様だった。もう上野まで立ちっぱなし。とても辛かった。

連休の遠出は考えものだなー、と各駅停車でも帰って来られるところが無難かな、とも考えたりした。

しかし、今回の旅行は良かった。文にはしなかったが、いろいろな協力者がいて心地よさが残った旅だった。

遠野プロジェクト おしまい

 

 

 

 

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