尾道プロジェクト
(尾道・しまなみ海道撮影行)
2003,12,24〜12,27
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第一部:尾道編
尾道…。この地の旅行計画を立てたこと過去2回。そのいずれも直前になってキャンセルするという憂き目に遭っている。1度目は、直前に風邪をひいて高い熱が出たために1日1日キャンセルして結局3泊分全滅という状態だった。2度目は、虫垂炎…。何でこんな時に入院だ!と間の悪さを呪ったが後の祭、そうして「尾道は鬼門」という公式(?)がいつしか自分の中にできあがっていた。そんな悲劇から数年がたち、ここにきてその「お蔵入り」の計画が具体化することになった。ペーパードライバーだった私がそれを返上し、この計画を見直すと以前は3日必要だった行程が2日で済む。これも「西瀬戸自動車道(しまなみ海道)」の開通が寄与している。蛍子からも年末の3日間をもらえたということもあって、昨年計画した「信越」は先送りにした。完璧に寒いところより「瀬戸内」という冬でも穏やかな場所に行きたいと思うのは自然であろう。そういう時があってもいいだろうと24日の夜行バスに乗るべく、私は秦野を出発して新宿に向かった。
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前置きはこのぐらいでいい。しかし、まだバスには乗らない。よって前置きの続き(笑)。この24日はクリスマスイブである。この日に家を離れることは結婚してからなかったが、今年はこの計画のために家族行事を前日に繰り上げた。蛍子の計らいである。そんなイベントの日を見逃しておく手はないと、新宿サザンテラスで行われている。電飾町興しの類である「新宿サザンライツ」の風景を撮ろうとバス乗車2時間前からうろうろ撮っていた。その様子は写真の如しだが、イブの日ということもあったのか人出は相当なもので、写真としてはそういうところから一歩引いた所で撮っていた。出来は平均点くらいだろうが、こうした都会の夜景もなかなかいいものだ。
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バスの写真。「エトワール・セト」という名前で新宿と三原を結んでいる。私は福山まで乗った。いつぞやの登山夜行バスとは大違いの設備で、3列リクライニング、トイレつきのバスである。こうしたバスには何度か乗っているが、やはりこのタイプでないと眠るのは難しい。夜行で目が冴えてしまう私でさえ5時間以上眠れるのでたいした優れものである。バスでは窓側の席だったので消灯でカーテンを引いてからもしばらく潜り込んで外を見ていた。しかし、この光景は他から見たら異様な光景だ。背景がカーテンになっているところに顔が出ているわけだからびっくりするドライバーもいるだろう。それでも足柄SAを通過した辺りから冷気が厳しくなってきたのとついでに眠くなってきたので夜景見物はやめにする。バスは常に追い越し車線を突っ走っている。その速度感はスリリングだった。
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福山下車で山陽本線に乗りかえる。バスは尾道も停車するが、実のところここから電車に乗って尾道に行ったほうが運賃も(若干)安いし、何より1時間以上早く着く。遠出することもここのところなかったので時刻表などは昼寝の枕くらいにしか活用していなかったのだが、そんな事実を確認した時には大変得した気がした。福山駅や尾道駅では駅のBGMとして鬼塚ちひろの「いい日旅立ち・西へ」が耳障りにならない程度に流れていた。今回の旅行の動機のひとつとしてこの歌の存在もあったので「瀬戸内に来た」という事実がそんなところからも感じることができた。
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これが尾道駅。現地旅行のスタートとしてもやはり駅に降り立つというシチュエーションは(個人的には)必要だ。長らく鉄道を使って旅行をしている習性のようなものである。だからウエストバッグに入れているメモ帳に駅のスタンプも押すし、ガイドブックのコピーも持参しているが、ご当地の観光案内図もさらに手に入れて全体図を確認する。それによると尾道の売りは「古寺の街」「映画の街」ということだった。
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ほとんど日の出と同じに尾道に着いたのでこんな風景が目の前に広がっていた。これは見たかった(撮りたかった)風景のひとつで尾道水道の渡船である。向こうの島(向島)と尾道を行ったり来たりしている船だが、様子を見ていると始発と終発が決まっているだけで、あとは成り行きで出航するらしい。「おお、これだこれだ」と早速撮影。渡船は4路線ほどあり、尾道側で一番風情があると感じたのは福本渡船というものだった。尾道出身の映画監督、大林氏もこの渡船をシーンの一部としたとのこと。周囲の風景と渡船という組み合わせがいいのはもちろんだが、渡船が着岸して人やクルマがドッと出てくる時が見ていて(撮っていて)面白い。
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尾道水道を高みから見てみたいと、まずは駅前から千光寺へと登る。参道はかくの如し小奇麗な坂になっている。まあ、名の知れた坂以外にも山ほどこんなのがあるのだろうと期待しながら決して楽ではない道を進んでいった。折りしも朝日が差し込み「いい感じ」と思ったのでここでも「朝の静寂」なんてタイトルを浮かべながら撮っていた。
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千光寺。さすがに高台だったが、ちょっと日が高くなっただけでこんな調子。靄っていたのに拍車をかけて逆光状態、ネガでの写真ではこんなものである。市街と水道とその向こうに尾道大橋が辛うじてわかる程度である。「うん、こんな感じならすぐ下りて『坂の街』」とばかり、方針を即決する。右の写真は千光寺本堂、引きのとれない場所(崖ッ縁)なのでこんな写真になった。因みに後方の鋼線は麓から展望台まで行くロープウエイのもの(だと思う)。まあ、足腰が極端に弱くなければ登りもさほどではないので利用することはなかった。
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千光寺から長江方面へと向かう。目立つ坂道(と言っても歩いてしか行けない)を下っていけば「売り」でもあるお寺めぐりコースになっている。立派な三重の塔があったり、荘厳な雰囲気の漂う神社があったりしてなかなか趣深いものがある。まるで普段の私には似つかわしくない表現だが、これも旅行中の心境なので勘弁願いたい。
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それはさておき、もともと神社・仏閣などにはそれほど詳しくない私が求めているのはその「雰囲気」のみである。だから地図に書き込んでいる寺や神社のほとんどは一瞥して通過することが多かった。これも興味・関心の範疇なのでその向きを期待した方には申し訳ない限りである。それで、街を歩いて撮ったものといえば上の3枚の写真である。2つは坂、「うーん、尾道だなー」とまではいかないかもしれないが、(何度も言うが)旅行中のことゆえ「いい雰囲気」になるのである。そして、長江の商店街(道路が狭く、バスがやって来た時にはびっくりした)の一こま。時計店を撮ったものだがこの2階に掲げてある時計が何だか良かったのでフイルムにおさめた。これも旅行効果である(笑)
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長江からまた坂を登り始める。もちろんクルマは通れない。しばらく行くと八幡宮でまたそこから少し登ると「レンガ坂」という名のついた坂に来た。そこで写真の猫を発見。近づくと逃げずに寄ってくる。これはいい被写体だ、と何も尾道に来て猫を撮ることはないだろうと思うかもしれないが、撮影は興味本意(笑)、絵になりそうなものは「撮り」である。しかし、この猫はなかなか手ごわく、カメラを向けると近づいてくる…。しかもじっとしていないのである。別に動いていたって撮れないことはないのだが、少しはこちらのしようとしていることを察してくれ!と思いたくなる振る舞いだった。そんな坂の一角で四苦八苦していると、その前の家からおばあさん(この猫の飼い主)が出てきて、「もうちょっと愛想がよけりゃねぇ」などと言いながら撮影に協力してくれた。と、普通はここで猫の話は終わるのだが、このおばあさんが「この猫はファンが多くてね」と家の中から旅行者が撮ったこの猫(名前は「グレ」)の写真を一束持ってきて見せてくれた。その中には写真展で入賞したものもあり、タイトルの通り「レンガ坂の主」という風格がこの猫に備わっていることを改めて感じた。「この猫は全然目を合わさんの」とおばあさんは言ったが、どうしてどうしてこの写真ではこっちを見ている。「どうだ、参ったか。グレ」とだてに猫を撮っているわけではないという面目(何の?)を施すこととなった。それでこの話は終わりである。
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2つの尾道の写真である。左は尾道最古の洋館であるという(先のおばあさんの話)個人宅なので中を伺うことはできない(と言うか門が閉ざされ人気がなかった)。写真で撮ってもこんな感じなのが歯がゆいが、これは大林宣彦監督の映画「時をかける少女」で舞台になった家だという。まあ、筒井康隆のSFを読んだことがあり、原田知世主演の映画をTVで見たことがあったので載せることにした。ああ、そうなんですかという感じではあろう。右の写真は1枚くらい「寺の街」を表現する写真が欲しかったので撮った。しかし、こんなに天気が良くて穏やかな瀬戸内なのにこうした「名所」にはほとんど人がいなかった。まあ、年の瀬も押し詰まりイブも明けた今日となってはこんな酔狂な旅行をしている輩はいないのだろう。それはそれで静かな街歩きができてよかった。
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坂歩きの途中、面白い(失礼か)ものを見た。別に笑って見ていたわけでなく、感心して見ていたのであるが、これはちょっと近所では見られないものなので載せてみた。いわゆる(見た通り)ゴミの収集作業を撮ったものだが、こんなクルマも入って来られない細い坂道、おまけに階段まで至るところにあるような場所ではこのような「収集車」が活躍しているという写真である。コンパクトカメラ(キタムラで買った今や絶滅(?)寸前のAPS)で撮ったものはこんな感じだが、一眼で撮る時(ほんとに撮ったのか)には一応了解はとらせてもらった。一生懸命仕事をしている人には気の毒だったが、単なる物好きな旅行者として打ち捨ててもらったので気軽なスナップになった。まあ、知っている人にとっては何でもない写真だが、「尾道事情」とでもタイトルをつけたくなるような写真である(なんてね)。
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再び海に面した場所に出る。今度は犬である。狙ったわけではなく岸壁を歩いていたら立ちはだかっていたので撮ったまでのこと。こんなご時世なので強力な「番犬」なのかと一瞬ひるんだ私だったが、三脚を伸ばし、警戒して難なく通過できた。思えば気性の優しい犬だったと思う。猫はいいが犬は苦手な小僧ではあった。因みに遠景に見えるのが尾道大橋で新旧がある。「旧」が県の方の管轄で「新」が西瀬戸自動車道ということである。
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対岸までは近いのでものは試しに渡船に乗ることにした。料金はバスの初乗り並みである。乗ってしまえば少し風を受けて「海」を感じる間もなく着いてしまう。着いたところは向島(むかいしま)である。左は渡船で渡っている最中。右は尾道渡船の向島桟橋。
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そんなわけで小僧登場。向島で撮ったもの。背景は朝方登った千光寺。ここで昼食にして、また尾道に渡り、また坂を登り始める。ぐるぐる歩いて土堂まで戻ったところで今度は下の福本渡船に乗りまたまた尾道・向島間を往復。一見、無意味な移動のようにみえなくもないが、これも本人の趣向。ああそうなのか、というくらいに流していこう。
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尾道駅前から三たび坂を登り始めるのだが、線路沿いから立ちあがるこの風景は何だろう。ちょっとした威圧感である。この住宅の合間合間に人ひとりしか通れないような路地がある。土堂から西側はこういった住宅が多く寺コースからも外れているのでより生活感の風景が撮れるのではないかと期待した次第である。それで歩いてみた路地を以下に載せてみることにした。
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これがその坂の街の様子
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第二部:しまなみ海道編
明けて2日目。動き出してからは足掛け3日目なのだが、既にクルマでの移動である。昨晩の7時から24時間ということでレンタカーを借りたのだ。自家用車が中古車なので最新車種のレンタカーはどう考えても使い勝手がいいはずなので何の問題もない。試しに昨日も尾道の夜景を撮りに再び千光寺公園まで走らせたが実に快調だった。
と、言うわけで夜が明け切らぬ間に尾道大橋を渡り向島に「上陸」。朝の光景を撮ろうと「国立公園高見山」と表示のある展望台に向かって行った。
日の出ギャラリー対策という名目で駐車場を制限していたわりには人は誰も来なかった、どころか下山するまで登ってくる人はいなかった。
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そこで見たのが以下の光景である。頂上の展望台に登って夜明けを待つ。天上は青空が見えるものの水平線はどよーんと厚い雲が居座っている。これからも水平線からの日の出は絶望だった。時計を見ながら、一応の目安である「30分前」、「日の出時刻」と空の様子を睨んでいたが、撮影は断念。まあ、島と日の出の位置関係も今一つかなとも、その場に立ち思ったことでもあったので次の行動に移すことにした。それでせめてもの記念というわけでこんな写真を残したわけである。
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日の出の方向を見ています。 |
西側。因島大橋が見えます。 |
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北側。橋で繋がる岩子島と本州。 |
南側。干潮の観音崎です。 |
標高238メートル、高見山山頂に小僧立つ。クルマで一気に登ったので登山記録とするにはちょっと情けない気がしないでもない。あー、日の出が見たかった・・・。
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向島の南海岸に干潮の漁港を見つけてそこにクルマを走らせる。現場に着くと今まさに海水が港に入ってこようとしているところだった。曇天の山頂にこだわっていたらこの光景は撮れなかったと珍しく自ら下した英断(笑:寒くて我慢できなかっただけか…)を評価した。写真はその海岸から見た高見山。標高が200メートルそこらといっても家族連れで麓からハイキングなどしたら半日はかかろうかという大きさであるとは思う。
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ドドーン!ついに因島大橋を至近距離で確認。干潮の漁港を撮ってから島の南岸を走っている時に雲間から光芒が海に差す光景が見られたので思ったより時間をかけて、この橋と対峙できる場所にたどり着いた。この橋は吊橋としては見たかった橋のひとつでやはりその形の美しさ(個人的な好みだが)に感動した。ここからまた少し動いては撮ったりして時間をかけたが、その後は向島と橋で陸続きになっている岩子島に渡って一車線の道を四苦八苦(これは私の運転レベル)しながら進み、ほうほうの体で来た道を戻って行った。まあ写真を撮る風情でもなかったし…という方便でクルマを一回も降りずに、「さあさあ因島へ」と、橋を渡っていくことになった。
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ここで借りたクルマを紹介。トヨタのistである。前述の通り、カーナビは夜明け前にテレビを見ただけでナビとしての機能は利用していない。島の道路は変なところに入り込まない限り、回るか突っ切るかしかないのでPAでもらった地図で十分事足りる。というわけでお気に入り編集CDをぶち込んでZARD三昧でハンドルをとっていた。このPAは因島だが、橋の橋脚しか見えないので、菓子を試食して早々に因島大橋公園へと向かった。しかし、白いレンタカーとはプレッシャーである。狭い道はわりと平気なのだが、切り返し、バックが相変わらず「余裕」がないので傷などつけないかという気だけは頭の片隅にある私ではあった。(色が何色でも傷つけば同じなのだが…)
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大浜崎灯台に向かう途中から見た因島大橋
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因島北ICを降りて、因島大橋公園まではぐるーっと回って行くので思ったより距離があった。それでもクルマで10分くらいだったが、その橋の大きさに圧倒されながらもう一つの目的地、大浜崎灯台へと向かった。写真の灯台がそれでこれもまた引きのない場所なので何とも窮屈な感じなのだが向島と因島の間の航路を守っている灯台である。このところ山ばかり登っている私だが、橋や灯台を訪れるのはそれ以前の旅行の楽しみでもあったので、まだまだこのスタイルも続けるぞと改めてその思いを強くした。そして灯台の先の水道を見ると潮流が激しい。この時間帯は北から南に流れていた。場所によっては白波を立てていたので相当なものだと思う。以前関門海峡でもそんな光景を見たことを思い出した。
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大浜崎から因島の北岸を通って道なりに因島南インターを目指す。西瀬戸自動車道はこれから行く生口島で工事中の区間があり全通していない。もとより橋のかかっている島々を巡るのが目的なので費用がかかっても仕方ない。ただ、その道路の構造上「ハーフインター」というのには惑わされた。因島南インターでは正しいと思った通りに進めず(よく標識を見ていなかった)、一番最後に尾道方面に帰ろうとした時に進入しようとして(勘違い)歩道に乗り上げて切り返したり(大間抜け)した。と言うわけでそのまま南インターに入れば良かったのに、一旦、土生(はぶ)直前までクルマを流してUターンした。
写真は生口橋。そんな経緯があったものの無事生口島には渡れたということだ。
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生口島には耕三寺という名刹があり、一時は立ち寄ろうかと考えたが、この後に渡る大三島が大きくそちらの方に時間がとられそうだったのでパス。無料で入れるような寺ではなかったことも大きな要因である。そんなわけで以下の写真は生口島北岸を突っ走った記録である。左が海(見ればわかる)、色が綺麗だから撮った。真中は海を見ているお地蔵さん、海の安全を祈願してのものだということだ。すぐ前が海というのがまたいい。そして右は「サンセットロード」という区間を走っている時に見た島。何でも「ひょっこりひょうたん島」のモデルになった島だという。本当の名前は忘れてしまったので気になる人は調べて下さい。ともかく生口島から見ないとこの形には見えないそうだ。
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橋の写真2発。多々羅大橋である。大三島までの橋では因島大橋に並ぶ巨大な橋である。好みとしてはあくまで因島大橋である。このO脚みたいな橋脚が好きでない。とは言っても橋とは巨大な建造物であるとつくづく思う。下手な形で残してしまうと悲しい(所詮は好き嫌い)がやはり設計段階からいろいろ考えているのだろう。こうやって現物を見ると感心する限りである。
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大三島に渡って標識にしたがって大山祇神社へ行く。「行く」というのは確たる目的があるように思われるが、そうではなく「道の駅」の隣がその神社だったので足を運んだというのが表現としては正しい(笑)。入口でその神社の説明板を読むと「三島大社」系列(こんないい方もないと思うが)の総社であることと国宝がいくつも所蔵されている神社であることがわかった。写真はその様子で私が行った時には人ひとりいなかった。荘厳というか森閑というか実に私の感覚で言うところの「神社」だった。そうした場所でも本殿横では巫女さんが鎮座していて、何もしないのも気が引けたのでクルマに貼る交通安全のステッカーを1枚所望した。
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神社を出発して目指すは周回道路の最遠地点、宗方という場所だった。これはもうただ一番奥にまで行きたいという単純な動機である。写真は宗方に行く途中で見た山、名前などはわからないがこの辺の島はこういう大きな岩がところどころに見えるという山が多かった。あと、余談(今までの文章のほとんどもそうだ)だが、この直後、標識で「台ダム」というのがあったのでよくローマ字を見ると「UTENA」と書いてあった。うーん、読めないよなー、と思えばこの旅行も知らなければ読めない地名が多かったなとそんなことを思ったりもした。
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最遠地点まで(地図では)もう少しの場所、目の前に海が広がりまた大きな島が見える。自動車道から外れた島へは船で渡るしかない。あの山の向こうの景色を見たくなるのは私だけだろうか、「うーん、行ってみたいなー」と率直に思う。因みに眼下の緑はみかん畑である。収穫後の緑一色になったところもあれば、まだこれから収穫という場所もまだまだある。島の西部ともなれば日中見かけるクルマはみかん農家の軽トラックのみである。そんなクルマも仕事中は当然駐車しているので動いているのは私のクルマだけ、ただ宗方を目指すのみだった。
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ここは
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再び因島。南インターで降りて土生へと向かう。ここは因島、ならびにこの諸島の要衝で道路沿いにびっしり市街地といった感じの街である。市営の駐車場にクルマをとめて、しばらく散策する。幹線道路に沿って商店街がいくつか延びている。まあ、街のスナップを撮ろうとうろうろしているわけだが、目的のひとつは郵便局を探していた。また忙しいことに旅行貯金などこの期に及んでやっているわけである。「土生」は珍しい地名だと思ったので何としても4時までに行きたかった。そして商店街のはずれに郵便局はあった。駐車場がもう一方の端なので図らずも土生の街を端から端まで歩いたことになった。そして、駐車場までの帰り道、今度は水道沿いを歩く、橋がかかっていない島々への航路はフェリーターミナルから出ているので大なり小なり船が行ったり来たりしている。写真は向かいの島の山、形が良くて富士山のような形だったので撮った。
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瀬戸内の島々の宣伝として「多島美」というキーワードがパンフレットに載っていた。日暮れを目指して因島公園の駐車場までクルマを走らせる。展望台付近に駐車場がなければ一山登らなければならないのでこの点でも大変助かった。そんなわけで公園の頂上にある展望台に三脚を据えつけて陣取ったわけだが、この日の夕方は結局私以外誰も来なかった。やっぱり年の瀬でそれどころではないということなのだろう。私も旅行者としては暇な方ではない(と言うかじっとしていられない)のでこんなところにいてもお互いさまではある。
冬の日暮れは早いので夕景・夜景を撮るのには寒いのを除けば私にとって都合はいい。これが夏だったらただでさえ日が長いのに、神奈川よりこんなに西の場所なのでその時刻はさらに遅いものになる。つまりはレンタカーを余裕で返しに行けるのが冬なのである。そうして見たのが以下の写真、何枚かに分けて撮ったもの(上から北方面、一番下が南方面)
下手に切り貼りして一枚の写真にするよりいいだろうと思ってこんな形にしてみた。
公園から生口島方面 |
眼下は土生の市街地 |
生名島・岩城島 |
佐島と弓削島の一部 |
ここでの夕景・夜景は素晴らしかった。撮った写真が冴えなくても(そんなことになったら非常に悲しいが…)記憶に残る感動風景であった。
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暗くなるまで展望台で写真を撮ったら、後はレンタカーを新尾道に返しに行くだけ、因島北インターから向島を一気に突っ切って本州へと渡る。それで、西瀬戸自動車道を出たところまではよかったが、国道2号のバイパスを調子に乗って走っていたら、尾道インターを通過してしまった。降りられるところで降りようと、インターを出たものの夜になっては自分のいる場所がわからない…。ちょっと不安になったが、「おお、そうだ。ナビがあるじゃないか」と1日中聴いていたZARDはここでおしまいにして、地図に切り換えた。そうすると現在位置と新尾道の位置関係が一目瞭然。ここにきてカーナビの便利さを実感した私であった。
しまなみ海道のまあ半分といった感じの島巡りだったが、天候に恵まれて大変有意義なものになった。
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旅のおわりに(最終日)
朝起きてびっくりした。山が白いのである。夜半に雪が降ったらしい。山といってもその辺の山なので平地に降ったも同然だった。強い寒気が来ているというニュースを前の日の天気予報で聞いていたが、瀬戸内でもこんなに簡単に雪景色になってしまうものだと驚いた。これでは空港の状況が怪しいと感じたので予定より1時間早く尾道を出ることにする。それで最後の尾道撮影はまた渡船のスナップということで締めくくった。

最後の写真は広島空港。この後も一眼では空港のスナップや、ヒコーキでも窓側がとれたので眼下の写真を撮ったりしていたのだが、APSのフイルムのキリがよかったのでここでおしまいというわけである。
広島空港まではその最寄の駅、白市まで尾道から50分かかった。乗ったなー、という割りに駅は少なく、つまりは駅間が長いということなのだが、これがまた海岸沿いの三原までの景色とは一変し、白一色の世界を電車は走っていた。まるで東北の豪雪地帯を旅行しているような感じだった。そして白市駅も空港アクセスの駅としては鄙びた駅だった。駅前に空港行きのバスが1台止まっているだけで、乗れなかったら、あとでバスが走った時間と距離を考えてもまさか歩いて行こうなどとは考えたくもないものだった。地図で見ないとどんな所に空港があるのかはわからないが、少なくとも便のいいところに作ったものとは思えないような所だと感じた。
案の定、都心も雪の影響とかでダイヤが乱れているとのこと。10時頃から空港のいろいろな場所をウロウロする。窓側の席がとれたのでフイルムを追加したり、100円払って展望デッキにも出たりした。そしてレストランで食事を注文した直後、空港アナウンスで私の名前を呼ぶのが聞こえたので、カウンターまで行ってみると、搭乗予定のヒコーキが(予定通り)遅延するとかで、1本前に振り替えたらどうかという勧めだった。それはそれで早く帰れるのは魅力だったが、「窓側」にこだわり、しかも間の悪いことに食事を注文してしまっていたので、「遅れてもいいから予定通り」と回答した。
結局、羽田には30分遅れで到着。「雪」だなんて聞いていたがその片鱗は微塵もない東京だった。ヒコーキからの眺めもよかったし、最後の最後まで楽しめた「尾道・しまなみ」だった。満足、満足。
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尾道プロジェクト
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