九州プロジェクト(後編)

WITH HOTARUKO,1995,SUMMER

前編では、私個人のこの旅行にかこつけたオプション(柳川〜熊本〜佐賀〜島原)を掲載した。撮影一辺倒だった前編に加えて後編では、私の妻、蛍子との旅行になる予定。私は相変わらず必要最小限(?)の機材を持って写真ばかり撮っている。

蛍子が長崎に着いて、市内は一応観光した。平和公園、松山公園、片足鳥居などの原爆の遺跡やグラバー邸、オランダ坂、大浦、浦上、二十六聖人の碑、めがね橋を1日で巡った。蛍子は長崎に来るのは初めてだったので大変な喜びようだった。私としては、「どうだ、いいところだろう」という感じである。

さて、写真は佐世保駅。松浦鉄道に今から乗り込もうとするところである。平戸に近い鹿町というところに蛍家のお墓があるというのでそこに立ち寄った後、平戸に2泊する予定である。

私としては個人的に日本最西端の駅に立てるという楽しみもあった。

墓参りが済んだ後、再び松浦鉄道で平戸口へと向かおうという時に、親戚の叔父さんが、「平戸ならすぐそこだからクルマで送っていく」と言う。私としてはありがた迷惑な話だったが、無下にも断れず車中の人に。私の目論見など知る由のない蛍子は写真の平戸大橋を渡る時に「わー」などと喜んでいた。

よって予定より早く平戸島に到着。今後の予定を見ても日本最西端の駅に立てる望みはなくなった・・・。

 

平戸に着いて、この日はそのまま宿に入って昼寝などをして過ごした。夕方になり涼しくなってから市街を散歩。観光名所巡りは次の日に行なうとして、まあ結果的に同じような所を歩いたわけだが、平戸市街そのものはそれほど広い範囲ではないのですぐに回ってしまった。

天気は相変わらずよく、次の日の晴天を約束するかのように満天の星空が広がっていた。

 

翌日、午前中は二人で平戸市街を観光する。港を囲むように城、天主堂や資料館などの史跡や施設があるので2〜3時間で巡ることができた。この日も真夏の陽射しが照り付け、蛍子は午後は宿で昼寝をすると言う。私はそうした時間を撮影に当てるべく、バスに乗り平戸島の更に奥、紐差まで足を延ばした。ここには紐差教会という天主堂があって来たいと思っていた。写真がその教会で白亜の天主堂が美しかった。この後はどうしようかとバスの路線図を見て考えたが、山間部を抜けて隣の生月島に渡るバスがあるのを発見して、生月行きを決めた。

生月島は平戸島と更に橋で繋がっている島である。

 

 

生月島上陸。写真が平戸島を結ぶ生月大橋である。生月島には正味2時間弱くらいしかいなかったが、旅行貯金もしたし、公的機関によって私がこの島に来たことも証明できた。橋の上から見た海の色はとても青く、とても美しかった。ある意味、九州の西端に立っていることは感動モノである。

ガイドマップを見るとこの島でも見どころはそれなりにあるらしく、蛍子が平戸にいなければそのままこの島で1泊しても良かったかな、などとも考えていた。

夕方のバスに乗り、平戸に着いたらすぐ夕食。蛍子は夕方ブラブラと散歩して「カスドース」なるお菓子を買っていた。カステラを更に甘くしたようなお菓子でとても不思議な味だったが、甘いものが好きな私と言えども、たくさんは欲しくない菓子だった。

明けて平戸旅行の最終日。この日は長崎に戻る日なので、平戸では時間を使わず移動がメインになったような日だった。平戸からは海路(コバルトライン)でハウステンボスまで船を利用した。船に乗って平戸大橋をくぐり、右に大きな平戸島を見ながらしばらく行くと西海国立公園の白眉でもある九十九島のエリアに入っていく。二人はしばらく船室から景色を見ていたのだが、そのうち甲板にのそのそ出てきてずーっと潮風に吹かれていた。

写真は終点に近い西海橋をくぐったところ。ハウステンボスとはいかなるところなのか。興味津々の二人であった。

「ハウステンボスなんかさー」なんて言っていた二人も船を下りてしまえば、すっかり観光客気分。世話なしである。しかしまあ、船を下りたところがハウステンボスの入場券売り場なのだからどうにもならない。何とかエスケープルートを探したが、「パスポート」なる入場券を買って、中央突破するしかJRハウステンボス駅に行く方法はなさそうだった。言わばしぶしぶ買った入場券なのだが、結局冒頭の如しである。

しかしまた、これがよく出来ている。こんなにまでしてどうなっているのか、という感じでもあったが・・・。まあ二人はウロウロするだけでそれ以外にお金を落とすことはなかった。ぐるっと回って記念写真を要所で撮って雰囲気だけは楽しんで駅に向かわせてもらった。

ハウステンボスの後は、特急に乗って有田に行った。しかし、蛍子はもうその時には日焼けでダウン。見ての通りの露出だったので相当堪えたようだった。
有田では私一人で一回りして茶碗を買ってまた祖父母の家へと夜になって戻った。

これは長崎最終日に稲佐山で見た夜景。蛍子は喜んでいた。私は日没時の五島列島のシルエットがとても印象的だった。

長崎出発。二人の旅行はもう少し続く。この後の予定は、門司港と下関を見て小倉で1泊するというもの。その後は蛍子が2泊3日で友だちと合流して湯布院で温泉を楽しむということになっている。お互いの周遊券の時差を利用したオプション計画であった。

この写真は長崎駅で撮ったもの。JR九州の列車はなかなかデザインや配色に奇抜なものが多い。この列車は特急で博多までいくもの。蛍子に撮ってもらった。

門司港と下関は以前「行ったり来たり」で行ったことのある所なのでここまでは私のガイドである。

かくして、二人は長崎を後にした。

 

門司港駅。以前一人で来た時には、この駅前は改装工事でちょっと写真を撮る雰囲気ではなかった記憶があったが、今回はすっきりしていた。よってこんな写真が撮れたという次第である。

門司港ではもちろん人道トンネルにも入って下関までくぐってきた。蛍子は「へえー」なんて驚いていた。帰りは船で再び門司港へ。

この日は、移動が多く、次の日も相当動くこともあって早々に小倉のホテルに落ち着いた。

 

翌日。午前中、小倉市街をグルッと回って、予定では私は帰って、蛍子は湯布院へと行く予定だったが、私のきまぐれでもう一泊どこかでしたい、ということから大分までついて行って、そこで蛍子を見送って、別府に最後の1泊をすることにした。大分に着いたのが昼過ぎだったので、そこから以前から行こうと思っていた杵築へと向かった。移動のロスはあるにはあったが別に急ぐ道でなし、しかもまた一人という身軽さもあってのんびりと杵築の散策を楽しんだ。

特に名所でもある「酢屋の坂」は印象的な景観だった。NHKの連ドラの舞台にもなっていたところで、その時受けた印象を大きく崩さなかったという意味では素晴らしい場所だった。

そんな素晴らしい場所を写真で紹介できなくて申し訳ない。コンパクトカメラは湯布院行きの蛍子に渡してしまったので私の手元にはないのである。

写真はこの日の午前中訪れた小倉城。堀の睡蓮が美しかった。

杵築の後は、別府の駅前にある公衆温泉でひとっ風呂浴びてそのままホテルへ。
一休みしてから駅の名店街で土産物を物色する。当然大分県の名産が多かった。

そして私の旅行の最終日。朝一番の特急に乗った。これが「つばめ」よりも斬新な「ソニック」という
座席がミッキーマウスの頭(?)のようになっている列車である。車体の構造がどうこうと説明もあったが
まあ、いいんじゃないの、という乗り心地だった。本当に九州の列車は個性的だ。
これも写真には残していない。見たい方は電車の本で調べて欲しい。

小倉からは新幹線で小田原まで。

この移動が九州って遠いなーと感じさせる。

1日遅れで蛍子も無事帰ってきた。

これで1995年の九州プロジェクトはおしまい。

 

 

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