九州プロジェクト(前編)
WITH HOTARUKO,1995,SUMMER
1995年の春に蛍子と結婚して、初めての夏。どこかに旅行しようというので結婚式に呼ぶことの出来なかった祖父母のところに行くことにした。世間では海外旅行は当たり前のような感じではあるが、この蛍夫婦は海外旅行の経験はない。蛍子は多少人並みな海外願望があるものの、私についてはいたってそのような欲はない。まあ、新婚旅行というには結果的に「ついで」の多い旅行になったが、天候にも恵まれてお互いの利害(?)も一致した楽しい旅行になった。
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祖父母の住んでいる所は長崎である。写真は福岡県の柳川。私は長崎に多少精通しているので今回の旅行のガイド的な役割をすることになるのだが、この時点ではまだ単独行である。新婚旅行を兼ねた九州行であることはもちろんなのだが、私がカメラを放って旅行をするはずもなく、3泊4日先行して長崎入りして、蛍子を迎えることにした。だからその3泊4日分を撮影に充ててぶらぶらさせてもらうことにした。
新幹線で一気に博多。特急で鹿児島本線の瀬高まで移動。そこから少しバスに乗って水路の多い柳川に到着した。陽射しは強く、実に夏らしい天気。こうして舟に乗って水路を巡っている観光客もたくさんいた。
まあ、水路という場所なので清流には程遠く、澱んだ堀といった方がいいくらいである。臭気こそしなかったが水際に生みつけられたタニシのどぎついピンク色の卵の大群が目をひいた。
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明けて熊本。柳川から西鉄で大牟田まで移動してから再び鹿児島本線に乗り熊本で投宿。熊本に来たのは3度目だが、遠い昔の家族旅行や高校時代の修学旅行で来て以来で、自分の足でウロウロするのは初めてである。
熊本市電に乗って熊本城の近くで下車。その後、城をグルッと一周した。時間があれば天守にも行きたかったが、この後、行きたいところがあったので立派な石垣を見てばかりで退散した。青空に緑の楠が映え、クマゼミのシャーシャー音がけたたましかった。
この後は熊本から少し南下して宇土半島に行く予定である。
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鹿児島本線宇土から盲腸線の三角線に乗り、終点の三角に到着。目の前は天草である。もっともこの日の目的地はここではなく、ここから4つほど戻ったところにある網田というところにあった。それでも「時間」までまだ余裕があったので駅周辺をうろうろする。貝殻のようなピラミッドのような建物を見たり、何か面白いものはないかと土産物などを物色していた。嵩張ったりするものは移動のデメリットになるので結局買ったのはバンダナだけだった。
網田に何があるのか。次の写真を見れば一目瞭然。ご覧あれ。
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網田下車後、小高いみかん山に登り、海岸を見ると写真のような干潟が広がっていた。これは風景写真のメッカにもなっている宇土半島の干潟で、旅行前に宇土市役所でこの日の干潮時刻を聞いていた。今までの行程はこの風景を見るための時間つぶしだったわけである。
真昼のトップライトなので夕暮れ時の風情には及ばないが見事な干潟模様である。久々に面白い風景を見たと感動した。
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宇土半島の干潟を見た後は、海岸に下りて今度は潮の満ちていく様子を飽きもせず眺めていた。思いのほか海はひと波ごとに広がっていく感じで、夕方までにはすっかり「海」になってしまった。対岸は島原で、巨大な雲仙に日が沈んでいく光景も実に絵になるものだった。そんな景色を見てしまったら島原にも行って見たいなー、と色気が出てきた。
一日炎天下の中で行動してまあ疲れもほどほどだったが、周遊券を使わない手はないと熊本から鳥栖乗換えで一気に佐賀まで歩を進めた。
写真は熊本から乗った「つばめ型」の特急「ありあけ」。シックな車内は好みだった。まるで貸切状態の移動だった。
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3日目。佐賀まで移動した後は、列車もなかったのでサウナに泊まり、朝早くから佐賀城跡をうろうろしていた。特にこれといったものもなかったが、佐賀県庁の展望台からの景色は佐賀平野一望という感じで休憩にはちょうどいい場所だった。
写真は祐徳稲荷。肥前鹿島からバスで往復した。せっかくここまで来たのだから、と「日本三大稲荷」などとガイドブックにあったものだからつい訪れてしまった。実にこういう宣伝文句に弱いのが私の一面でもある。
参道は真夏の平日とあって閑散としたもの。私一人が通りかかるだけで店の人が声をかけてくるほどお客がほしかったようだ。通りを走る車もないので誘いの言葉に弱い私は道路の真中を歩いてこの「地雷原」を突破した。
しかしまあ、神社そのものにはあまり興味はないこの不信人。先を急げは良かったとちらりと後悔した。
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諫早から島原鉄道に乗って島原へ。普賢岳の噴火の爪あとの復旧がまだ完了していないので、島原鉄道も全通していない。とりあえず要衝でもある島原を訪れることにした。
市内のいたるところにある湧水で喉を潤し、島原城の天守に登ったりと一通りの観光を済ませたあと城の傍らにこの光景を見た。自衛隊が復旧のため常駐している様子。立て看板には、「ごくろうさまです」の文字も。島原からは普賢岳そのものはちらりとしか見えなかったが、確かに煙を噴いていた。
城のそばにある「具雑煮」で有名な姫松屋で遅い昼食をとる。もちろん食べたのは具雑煮。あご(とびうお)からとった出汁がとても美味かった。夏に熱い物を食べ、店を出た時は実に爽快な気分だった。
この後は、たそがれる武家屋敷を歩き、日暮れとともに諫早へと踵を返した。
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4日目。諫早から祖父母の家に向かい昼には到着。
その翌日に蛍子を迎えに長崎駅へと向かったが、フラフラと市内を寄り道している間に駅の喫茶店で1本前の特急で着いた蛍子が待っていた。初めての場所なので博多での乗換えは余裕を持って来るだろうと踏んでいた私の予想ははずれて、意外と適応能力の高いことを示してくれた。その反対に、「どこほっつき歩いてたの?」とやられる始末、私の体裁は良くない。
これにて二人の九州旅行が始まるわけで、右の写真は平和公園で撮ったもの。蛍子が祖父母の家に着いて、その翌日は市内観光。まあ私がガイドになっていろいろなところを巡ることになる。
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九州プロジェクト前編 おしまい
続きは、後編で。
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