関門プロジェクト
(本州−九州 行ったり来たり)
1993,3/25〜3/31
このプロジェクトは最初から関門には行かない。まずは長崎からスタートである。写真は寝台特急「さくら」の車内。具体的に言えば「元食堂車」のたたずまいである。現役であった頃は一度も利用したことがなかったが、食堂車の営業がなくなってからはこうしてくつろぐために利用している。
もちろんコンビニで買ったビールとつまみを持ってである。
客が減少している上にこういう客が増えたとなっては食堂車の存在価値などないと言われても仕方ないであろう。そういう侘しさを持った場所でもあった。
それでも私は寝台列車が好きで、寝ればいいのに真夜中も目を爛々として外を見ている。夜行列車の雰囲気は独特で妙に気持ちが高ぶるものがある。寝てなんかいられない。そういうわけで次の日はたいてい寝不足である。今回もそうだった。
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長崎(長与町)には親戚(祖父母)の家があるため長崎の観光地には非常にアクセスがよい。この時も市内で気に入ったところ(平和公園・館内市場・寺町)を巡ったりして写真を撮った。
写真は樺島。野母崎まで日帰りで足を延ばしてみた。途中(往復とも)海の上に浮かぶ(と形容したほうがよさそうな)軍艦島(端島)を見ることができたりした。樺島では岬への比較的きつめのアップダウンをクリアして樺島灯台にたどり着いた。岬からの展望はすこぶる良かったが、春特有のぼんやりした空気感で水平線などが判然としなかったのが残念だった。
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長崎に来て乗らずにいられないのはこの路面電車。今回の旅行では長崎を去る、この時だけの乗車になった。これから表題の関門海峡へと向かう。
長崎では「晴れ」と言う意味ではいい天気にはめぐり会えなかったが、坂のある街には雨もまたいいなー、と再発見をした。雨だからと言ってカメラを引っ込めなくて良かった。天候に応じた撮影ができた、とは言い難いが今後の修練次第だろう。
長崎からは門司港までいくつかの各駅停車を乗り継いで向かった。何とも酔狂なことではある。門司港での予定は門司港2泊、下関1泊という具合である。撮影はもちろん街歩きなども楽しもうと考えている。
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門司港駅である。九州の鉄道のスタート地点である。ファンおなじみの「0マイル」の碑が駅構内にある。駅舎もこの街づくりのコンセプトで言う「レトロ」な感じが昔そのままに保存してある。ただ、この時は運が悪く、駅(前)の改修工事で自慢の駅舎を外から見ると、無粋な工事現場の様子が痛いくらいにわかる構図になっている。こういう写真は撮らない。残念だ。
門司港に着いたものの移動で疲れたので駅舎を見物してさっさとホテルに引っ込んだ。何の工夫もないBHだったが、ゆっくり休むことができた。
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翌日。早速関門海峡の散策に出かける。まず、最初に行ったのは海峡の底を通る「人道トンネル」で、入り口と出口にはエレベーターがあるが、これは無料である。自転車も通ることができるし、バイクもエンジンさえ切れば通っていいような感じ(実際通っていたので・・・)がした。
写真は海底での県境を示すラインと表記である。閉塞感が私にとってはちょっとネックだったが、この写真を撮った後さっさと下関側へと脱出した。
下関側の地上で小休止した後、再びこのトンネルをくぐって門司港側に出た。和布刈(めかり)公園のロケハンを忘れていたので戻ったのである。
くぐっている間に何か起こったら嫌だなー、とこういうところ(地下街など)に来ると決まって考えることである。
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門司港に戻り、市内の古い建築物を求めて散策する。写真はその時に撮ったもの。門司港駅では「バナナの叩き売り」の実演を行なっていた。保存会のようなものがあってそこが主催していたようだった。
午前中の予定は、部崎(へさき)という岬に行った。灯台があったからで時間潰し、という感じでもあった。そんなこともあってどのような道をバスで行ったのかは記憶があいまいである。
おまけにその時に限って記念写真用のカメラの調子がおかしくなり、出来上がった写真はボケていた。後になってわかったことであるが、この部崎灯台はそれなりに名のある灯台であり、何でこんな写真しか残っていないのかと悔しくなった。後の祭りとはこのことであろう。実に残念だった。
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門司港に戻り、今度は橋で関門海峡を渡ろうと思った。もちろん関門橋を使ってのことで、このバスまでの時間を先の部崎行きに充てていたというわけである。
写真は橋の上から下関側を撮ったもの。
この後は唐戸市場から船に乗って門司港桟橋にまた戻ってきた。
この日の午後は関門海峡をうろうろ。夕方からは和布刈公園から関門橋の夜景を撮っていた。
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右の写真が、その関門橋の夜景の写真である。
これはリバーサルプリントである。いままでの写真とは質が違う。
おわかりでしょうか。
とにかく3月下旬と言っても夜は寒い。手がかじかんでしまうほどである。
この手の橋は、横浜ベイブリッジを下から見上げるアングルで撮ったことがあるが、こうして上から眺めたことはない。今でこそ瀬戸大橋などというものがあるが、この橋をしても壮大なものである。海峡を通過する航跡が写っていたりするのもある程度計算である。
だからと言って大して写真でないことは明白である。そんなものか、ということで見ていただきたい。
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次の日もまた忙しかった。朝は門司港から船に乗って唐戸へ渡り、下関からふぐの市場で知られた南風泊(はえどまり)に行ってみた。訪れたのが8時ごろだったのですっかり閑散としていたが、ここに来たことで今夜はふぐを食べてみようと決意した。
撮影としての収穫もないまま下関に引き返し、ガイドマップなどを見ていると、「本州最西端」の文字が。下関から山陰本線に乗ることになるが大して遠くはなさそう、ということでそこに向かうことにした。
下車駅は吉見駅でそこから吉母という所まで歩いて行った。白い砂浜が印象的だったが、そこまでは相当歩いた。大変疲れたところに地元の人の話では、その「最西端」というのは少し沖にある小島がそうなんだと、要らぬ説明をしてくれた。島は島だろうと納得がいかなかったが、文句をいっても仕方ないので正午過ぎには吉母を発っていた。
まあ、郵便局の印が「本州最西端」と出ているので、この件についてはよしとした。
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今回最後の写真は大韓民国行きのフェリーである。当然私は乗っていない。
関釜フェリーというもので釜山との航路である。私はここのフェリーターミナルで水戸黄門をみていた。ただそれだけの話である。吉見でたくさん歩いたので疲れてしまった。撮影の気力もなかった。転寝までしてしまう始末だった。
夜は南風泊の決意通り、BHのガイドマップを頼りにふぐの専門店に入ってみた。一応食べたのはとらふぐである。養殖なんだろうが私如きに、天然・養殖の区別がつけられようはずがない。ともかく味はおいしかった。食感が素晴らしい、私好みの魚である。特にから揚げと雑炊がよかった。値段もそれなりにしたが、たまにはこういう食事もいいだろう。
関門海峡は決して広範な地域ではないのでこうした形で楽しむ(?)のも一興ではないだろうか。
せめて今度来た時には改良工事した門司港駅のライトアップが見たいと思う一人だった。
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関門プロジェクト おしまい
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