2004 WINTER SPECIAL TOUR

近江プロジェクト

Omi Project

2004,12/24〜27

★ ★

遠くへ。とにかく遠くへ。そしてほどほどの写真が撮れそうなところ。今回はクルマでの移動なのでその機動力をフルに生かしたい。おまけに寝袋持参だ。ACコンバータも買ったのでデジカメ、ケータイの充電もOKだ。山に登るわけではないので食料の調達も苦労なし。持てる機材も総動員できる。これだけの条件を満たす場所、今回は日本一広い湖「琵琶湖」を巡ることにした。以下はそんな撮影覚書も兼ねた旅行記である。

12/24。午後7時半秦野を出る。世の親ならこのクリスマスイブに単独行がよく許されるとお思いだろうが、我が家のクリスマス行事は前日の23日にやってしまった。誰の誕生日でも休日は有効に使わなければならない。24日なんて誰もが夜を徹してまで移動などしたくない日、そう読んでの出発だ。今回は旅行のお金も宿泊費が浮く(前述の通り)ので最寄の東名大井松田インターから一気にすっ飛ばして行こう、などと考えていたのだが、R246のコース取りを間違えて(地元だろ、おい)御殿場方面にハンドルを切ってしまった・・・。全く貧乏性が染み付いたスタートではあった(苦)。それで結局沼津までR246で行き、やっとこさ東名に乗って西進を開始した。これが午後9時前なんだから時間のロスも甚だしい限りである。

夜が明けるまで写真の登場はないので、もう少し書く。富士を過ぎて由比のパーキング付近で何やら海が煌々としている。わき見はまずいがそれが漁の光景であることがわかった。これは絵になるとここに記録しておくことで今後何某かの時には撮ってみようと思う次第だ。できればパーキングに入りたかったが、既にトラックなどで満杯状態だったので通過。だからわき見(危ないって)にとどめた。

静岡を抜けて日本坂トンネルを通過。凄く広いトンネルだなー、とちょっと感覚が麻痺しそうなトンネルだ。その後は牧の原SAで休憩をしようと思ったが、左車線に乗るタイミングを逸してそのままパス・・・。右車線ばかり調子に乗って走っていた報いだろう。

そして結局、北陸道の木之本に着いたのが日をまたいだ0時30分。途中、浜名湖SAと養老SAで小休止をしてのことだった。木之本からは一般道。朝の風景をマキノで撮りたかったのでトンネルをいくつかくぐって、もうすぐマキノというところで道の駅があったのでそこで寝ようと決める。知らない場所でクルマを停めるにはこういう場所は実に重宝だ。既に運送関係のトラックで駐車場の大半は占められている。その中にサニー号も混ぜてもらった。そうして寝袋の中にもぐりこむこと午前1時。まあ5時ごろ起きればいいかな、と旅行中にもかかわらず寝つきも良くそのまま寝てしまった。

★★

12/25

寝袋を被って寝ていた私。確か4時ごろ顔を出していたら寒かったので、こうしてまた一眠りとそうなっている状況を思い出した。それにしては寝袋が光を透かしたように明るい・・・。まさかと思って顔を出す私。

寝過ごしたっ!!

時刻など見ている余裕はない。もう既に空が白み始めているではないか・・・。不覚も不覚、風景写真をわざわざ撮りに来た者としては許されざる大失態である。クルマを動かそうにもまた間が悪いことにフロントガラスが霜で凍っていた・・・。あー、霜取りスプレー忘れたよー、とバケツにトイレから水汲んで、10分ぐらいは出動までロスをした。そんなことをしている間に峠の上の山が白銀に輝き始めた。太陽も昇ってしまったようだった。とにかく前が見えればOKとばかり、坂を下りれば琵琶湖という、どうせ寝過ごすならもう少し下に行っとけば良かったと、輝く湖面を見ながらマキノへと進入して行った。写真はその道の駅の看板。去り際に、このハプニングを演出した記念の地として一応撮っておいたものである。

まずはマキノ朝の風景をご覧あれ

気嵐がたつ湖面。間に合った・・・。

撮影から一段落した湖。実に静か。

北方の山は福井県との県境。

竹生島遠望

マキノから少し南下

形のいい樹。きっとポイントでしょう。

マキノの湖岸に立つと日は昇っているものの、冷え込みからくる気嵐が湖面に立ち、実に幻想的な風景がそこにあった。背景を竹生島、たまたま漁をしていた船などを点景に撮るなど、バタバタしていたわりには条件には恵まれていた。「間に合った」と思ったのが正直なところである。これでもっともたもたしていたり、諦めてそのまま南下した日には、悲しいことこの上なかっただろう。やっぱりせっかく来たのだから足掻いてみることは大事だと思った。まあ、寝坊をしないことが大前提になるわけなのだが・・・。

琵琶湖の東側は新幹線で何度も通って、広い平野があることは見て知ってはいたが、このマキノ付近もこうして見ると意外と平坦なんだなー、と思った。南部に行くに従って山が迫ってくることはこの後わかったことだが、天気の影響もあり、実に晴れ晴れとした気持ちにさせてくれた。

25日は、この朝の撮影の後、夕方までは観光も兼ねていくつかの街並みを撮ろうと計画した。

@ 比叡山延暦寺(せっかく来たんだから、やっぱり一度は見ておこうか)
A 坂本の街並み(比叡山とセットで。駐車場の情報が少なく、ちょっと不安)
B 近江八幡の街並み(今回の街並みメイン。この街を歩いてみたいと思った)
C そして夕景は近江八幡方付近の湖岸から

そんな皮算用で南下していった。

 

比叡山

延暦寺:有名なお寺なので説明はなし。写真の説明だけで十分でしょう。比叡山スカイライン往復で3000円也・・・。

有料道路の展望台から琵琶湖大橋と近江の山

ほぼ真下という感じの琵琶湖大橋以南の景色

延暦寺

説明によると大まかに3つのブロックに分かれています。冬でしかも年末の押し詰まった時期でもあったのか、閑散としていました。

西塔。ここはさらにひっそりしていました。

修行僧が手で落ち葉を丁寧に拾っていました。

東塔。国宝の根本中堂。撮影は禁止ですが中には入りました。荘厳というより真っ暗に近く神秘的な感じがしました。20分くらい俗世(?)を忘れる雰囲気には浸れました。 文殊菩薩のいるお堂へ登る階段から根本中堂を撮ったもの。直後に行ったお堂もなかなか延暦寺だなー(?)という雰囲気にはさせてもらえる場所でした。

延暦寺には開祖からゆかりの偉いお坊さん(歴史の教科書に出てくるような)の話が左の写真のように順に並んでいる。まあ、その方々がやはり普通の人とは違っているのだなという話が続いているわけなのだが、その中でもこの絵が一番気に入った。誰の説明をしている絵なのか控えるのを忘れるほど面白い(失礼か)と思った。

確かこの絵の説明が「悟り」のシーンだったことは記憶しているが、頭上に煌いている「光」、この人が将来偉いお坊さんになる人なのだが、実に普遍性を帯びた表現ではないだろうか。「おお、悟るというのはこういう瞬間があるのか」と妙に納得してしまった。これが「!」では駄目なんだろうな、クイズじゃないんだから、という感じでもある。

さしずめ私などは頭の上に「????????????」なんて書かれそうである。

いやいや、ちゃんと写ってくれてよかった。そういう写真である。

 

坂本

ちょっと忙しい街歩きでした。が、日吉大社とともに昔の色を濃く残している、そういう感じは旅行している気持ちにさせてくれました。

坂の街を流れる疎水。「ゆどうふ」の看板もいい 寺が多い地区でもある。石垣が何ともいい感じ

人が多くないのが良かった。実に落ち着いた街並み。スケッチしている人も多かった

クルマは日吉大社の駐車場に停めさせてもらいました(無料だった)

近所(秦野)ではちょっと見ない山王鳥居

鳥居からちょっと歩く。結構広い境内。

神輿が置いてあった。

この時期にも紅葉の残りが見られました

西と東に同じような社殿がある。

豊臣秀吉ゆかりの「出世橋」

坂本から琵琶湖大橋を渡り、湖畔道路という道路を走る。これは今後の琵琶湖撮影でグルグルと走った道路なのだが本当に琵琶湖の周りをぐるりと回っている。もちろん幹線たる国道などはあるのだが、より湖に近い場所を走っているという点では実に重宝した道路だった。何しろ迷いようがないのである。信号も少ないし、速度監視もそれほどでもない(と感じた)のでかっ飛ばしがいがあった。もっとも私などは「いいところないかな」などとわき見っぽいことばかりしているのでスピードは出さない。

写真は近江八幡に向かう途中の岸辺から見た比良山系、比叡山のちょっと北という印象だが雪などを頂いてちょっとした冬山の様相である。

 

 

 

★★

近江八幡

今回とにかく歩いてみたい街だった。季節、時間帯とも人がそれほどいるという感じでなく相応の風情はあった。

街歩きとしても、近江八幡市街から少し離れているということで落ち着いた雰囲気が漂っていた。

これが約2時間半の街歩きでの写真である。個人的には内容の濃い散歩だった。

そして日が更に傾きつつある中、琵琶湖の東岸へと撮影場所を移した。場所は長命寺港という八幡から20分ほど移動したところである。天候も雲がかかってきてすっきりとはしなくなったが、光芒がさし、かえってドラマチックな風景を撮ることができた。

長命寺港の様子

よく見ると水草が浮いていた

撮影の妨害をした人懐っこいネコ

体裁は港でこれは今まで海岸線を撮る感覚と大差ないのだが、決定的に違うのは潮の香りがしないこと。水草が浮いているなんていうのはもはや湖以外に考えられないわけで、それがかえってこの広い「海」とも勘違いさせられる風景とのギャップだった。

1日目の夕景

長命寺港から湖畔の県道を国民休暇村方面へと進む。俯瞰すればもっとその形がよくわかる「エリ」という漁場。 対岸の山々の前にあるシルエットは「島」。沖島という島で最終日に行こうと計画している。

沖島の夕暮れ

これらの樹と葦原の夕景を撮影

暮れなずむ近江平野

おお!まるでコマーシャルの一コマのようではないか。8年式サニー号スーパーサルーンだ。

実によく走ってくれる相棒であり、今回は住処でもある。

朝からいろいろあった撮影行だが、日が暮れてからも忙しかった。近江八幡から近江鉄道の拠点でもある八日市市まで向かい、夜のローカル線に乗ろうと計画した。ところが八日市で適当な駐車場が見つからないまま無為な時間を過ごし(一時はパチンコ屋の駐車場に停めようとも思ったが・・・)、結局は計画は実行されることなく撤退した。クルマとローカル線という組み合わせは今回初めてだったがこの共存は新たな課題となった。やっぱりクルマの自由度は今の私には何物にも変えがたい移動手段となりつつある。

そしてまた琵琶湖大橋を渡り、またしてもマキノ方面に琵琶湖西岸を北上。この日の朝チェックしていた公園の駐車スペースにクルマを停め、2日目の寝袋に潜り込んだ。月が煌々と頭上にあった静かな夜だった。

★★★

12/26

午前3時までは星が出ていたのに夜明けの風景は曇天。今にも雨が降りそうな天気。微かに赤くなった対岸の山の端をポイントに2日目の朝の風景を撮る。そしてこの日は湖北方面を重点的に撮ろうと計画していた。

2日目の朝食もマキノのローソンでパンを買った。時間帯が同じだったため、レジの女の子が同じだった。まあ向こうは昨日よりまたヒゲの伸びたおっさんがパンを買いに来たくらいにしか思っていないだろうが。

写真は湖西線を走る電車。湖西線は乗ったことがないが、今回はクルマで並行したコースを走っているので、乗ればきっと同じような車窓風景が見られるのだろうという思いを持って眺めていた。それにしてもまだこんな列車が走っていたのかという感慨にも浸れた。元寝台電車の改造車で九州や福井の撮影行でも利用したことのある電車だ。ボーズにもこんな変わった電車に乗せてやりたいと思うのは、こんな勝手な旅行をしているせめてもの親心であろうか(笑)。

そんな移動をしている間に雨が降ってきた。

 

海津

地名に惹かれて歩いてみたいと思った集落。街というほどの賑やかさはないが、歴史を感じるたたずまいは雨という条件も相まって私に似合わずしっとりとした散歩になった。

ここを訪れた人がHPにこの酒屋を必ずといっていいほど載せていたので私も一枚撮った。

酒林クローズアップ

集落に人影はほとんどない。傘をさしての散歩なので三脚もトランクの中。スナップスタイルで撮り歩く。

湖岸は石垣で防波堤のようになっている

集落を一歩入ると細い道が湖に延びている

剥げ落ちた漆喰の壁

通りの向こうは琵琶湖

またまた小休止。滋賀県一帯で見かけた通りに面したボーズ君。飛び出し注意の意味があるのだろうが、昨日の夜、近江八幡から八日市に向かっている時やたらに目立ったので気になっていた。ここ海津でもいたので撮ってみた。この後、より今風(?)のキャラクターっぽいものも散見されたが、やはりこの意匠の方に軍配が上がる(笑)。

何とはなしに漂う素朴さが気に入ったというのがその理由である。

 

 

 

 

海津から幹線を走ってトンネルをいくつか抜けると割とスムーズに木之本まで行けるのだが、ここはそうしないで海津大崎を経由してつづら尾展望台まで突っ走った。雨がだんだん強くなり、ドライブ一辺倒という感じにはなったが、まだ9時前なのでのんびりとしたものだった。

奥琵琶湖パークウェイの入口にあたる菅浦

つづら尾展望台から海津大崎(奥)を見る

つづら尾展望台。ちょっと期待はずれの展望台。天気のせいもあったが、竹生島の真北にある展望台だけにお手軽にその島が眺められると思ったのに残念だった。おまけにここから先は積雪で通行止めと道路にロープが張ってあったので浅井に抜けることができずにそのまま引き返すしかなかった。

因みに写真の恐竜はこの辺で化石でも産出したのか、と説明板を見たが、そうではなくこの恐竜が何であるかを説明したものに過ぎなかった・・・。まあ、とりあえずこんなものも置いてみました。といううらぶれた寂しさを感じる場所となった。

来た道を塩津まで戻り、次の目的地は余呉湖である。

 

 

★★

余呉湖。以前、伊根の舟屋や丹後地方の撮影行のついでに余呉湖を訪れる計画を立てたが、湖西線へと列車を間違えて乗ったために辿り着くことができなかったという苦い思い出がある。「再戦」というより、事実初めての場所なので冬の撮影で何かと話題になる余呉にはそれなりの期待があった。

木之本から北へ20分も行くと余呉。湖畔は釣り客の施設があったりと風情としてはあったものではなかった。雪が積もっていればなー、などと自分の運転テクニックを棚に上げてそんなことをつい思うくらいフツーの湖だった。こんなことならまだ琵琶湖で屯していれば良かったなと正直そう思った。それでも周回道路があるのでせっかくだから回ることにした。その時までは1周したらハイさよならという気持ちだった。

せっかく来たんだから・・・。と、それなりの雰囲気を感じた場所では写真を撮っていた。

しかし

今まで雨が降りしきっていた湖畔が妙に明るくなったかと思うと、雲が切れ、太陽が姿を俄かに現した。光も強く、昼前にしては角度もあったので、期待して対岸を見ると、出た出た虹が、と歌いだしたくなるくらいいい場所に七色の橋がかかっていた。

ヤッホー、とすぐさま激写。おまけに太陽に向かってある形のよい杉林から立ち上るように霧が切れ切れとなり、どちらを向いてもシャッターチャンスという光景が現れた。

つごう10分くらいの自然の演出だったが、これだけで来て良かったと単純に喜んだ。

まるで私の訪問を待っていたかのようなこの出来事を

余呉の奇跡

と名づけることにした(笑)。

かくして上機嫌で余呉を後にした小僧さんであった。

長浜

2度目の訪問。前に来た時は夏だった。昼過ぎといってもまだまだ夕方までは時間がある。何故か余呉にいた時より気温が低く、天気も霙になっていた。長浜城付近の湖畔はパスして、やはり街並みだ、と黒壁通りの方へとターゲットを絞る。しかし、近江八幡を歩いた後では物足りなさは否めなかった・・・。

ボーズ・ボンズは大喜び。新快速。

旧長浜駅舎の鉄道記念館

館内。ちょっと撮ってみました(笑)

この鉄道記念館を訪れたのも2度目なのだが、前に来た時より、別館のような瀟洒な建物が増えていた。こんな時期なのでお客はほとんどいなかったが、とにかく寒かったので時間つぶしに入ってみた。まあ、この手のものも好きだということだ。

展示は「新幹線特集」をやっていました。

以下は別館の機関車の展示

その後はやはり寒い霙の降る街へ

こういうものを撮っているうちは「うんうん」と街の雰囲気に酔っている

しかし、メインストリートは好みではなかった。

まあ、みやげ物店街ですね。これは。写真は撮るに及ばず、琵琶湖産の佃煮を試食して買いました(やっぱり:笑)。

あー、寒い寒いと、結局遅い昼食は駅前のマクドナルド。食べ物にはこだわらないのが私の信条。ただ心情としては安いにこしたことはないと例によって80円のハンバーガーを2つも頼んでしまった。まあ、それはいつものことなのでここに書くほどのことではないのだが、ここに書きたかったのは、そのカウンターで応対したオネーさんのイントネーションについてである。「お召し上がりですか?」と私に聞いたのだが、「め」にアクセントがある。これが神奈川では「お」にアクセントだ。もう一度言って下さい(笑)とは言えないので、カウンター傍の席で別の客が来るのを待っていた(爆)が、やはり「め」にアクセントだ。こういうちょっとした言葉の違いに「ゾクッ」とする私の嗜好をこんなエピソードを交えて紹介してみた。読者(いるのか?)諸氏にはこういう覚えはないだろうか。

★★★

湖北から彦根へ

長浜からまたクルマで北上。湖北の撮影ポイントへと向かう。天候は冴えないが小雨程度。山一つ隔てて日本海という感じの場所なので時雨模様はご愛嬌。撮影の味方にこそすれ厭うことはない(何という強気)。前に一度来た時は、北陸本線の高月駅からタクシーに乗って日が傾いたこの場所で写真を撮った。しかし、あれから10年近くたった今となっては立派な観光地の風情さえある。何しろ野鳥観察センターやらドライバーの味方「道の駅」まで完備されているのだから時勢といえば時勢である。

天候がこうなので日暮れまで待てない(笑)

竹生島がぽっかり

 そして道路下に一線を画したロープにはこんなものが・・・

おお・・・。湖北よ。こんなになっていたとは・・・。

まあ、撮影者と釣り客はお断りということらしい・・・。一気に萎えました(泣)

しかし、目を転じれば目の前の景色などよりドラマチックな光景が見えていた

冬の蜃気楼だ!!

浮島現象というタイプのもの。沖島が浮いてます

湖面の上に一条の対岸が浮いて見えます

やったー、いいもの撮れたなー、と満足してまたまた一路南下。湖北では夕景は望めないと判断し、移動を開始した。

しかし、日暮れまで時間はそれほどない。

この辺が限界だ。とばかり彦根プリンスホテルの南に広がる浜辺で日暮れを待つ。 いい感じ。この後、太陽が見事雲間から降りてきた。バランスは今ひとつだったが夕景が撮れたことは撮れた。まあ、いい線と言っておこう。

2日目。往生際悪くまだまだサニー号は走る。

前日撮りそこなった近江鉄道への未練が燻っていたので、とにかく夜のローカル線を撮ろうと近江鉄道沿線を走り始めた。しかし、そうしている間に新幹線の高架橋が目に入り、光の矢の如く疾走するその光跡を撮ろうと広い田に三脚を据え付けて30分ほど撮っていた。この近江平野では新幹線も本気を出せる区間だと聞いているので、あっという間に通過する列車は「速い」と感心するばかりである。

それから、たらたらと脇道に迷ったりしながらも近江鉄道五個荘駅という新幹線高架橋下のちんまりとした場所が気に入ったのでそこでも無人のローカル駅、新幹線通過の時を狙って何カットかおさめることができた。しかし、この時ほどカーナビがあればいいなと思ったことはない。知らない場所での生活道路というのは、もう持って来た道路地図ではちょっとお手上げという感じだった。

夜を切り裂くかのごとく疾走する新幹線の光条

踏み切り待ちの時に撮った近江鉄道
こんなことは危ないからやめましょう(笑)

五個荘駅で気が済んだかというと、まだまだ走り足りないのか八日市まで出た後は、その終点のひとつ貴生川まで行って最後に大津に向かうことにした。午後7時に行動を開始して、貴生川に着いたもののJR草津線との連絡駅でもあったのでローカル線の風情たるやそこにはなく、駅を一瞥するという情けない結果に終わった。大津へは国道1号線を通って行ったが、その時には既に空腹だった。

浜大津という大津でも湖に面した地域はとても夜景が美しかった。県庁所在地でもあるため地名のスローガンのようなもので「湖国」という表記が見受けられたが、これもいいなーと感じ、さしずめこの大津は湖都なのかなとも思ったりした。

この日の宿泊地は近江八幡にある国民休暇村の駐車場(笑)なので、また近江大橋を渡り、琵琶湖の東岸を北上する。湖岸道路をただ走っていけばいいのだが、途中いくつもある緑地公園に立ち寄っては対岸の大津夜景を楽しんだ。琵琶湖最後の夜にしてドラマチックな光景だった。

そしてひたすら走って国民休暇村の駐車場。停めた車は私だけ。空には昨日の夜より澄んだ空に明るすぎるくらい月が輝いていた。琵琶湖最終日のメイン、沖島渡航にはこの場所で泊まるしかなかった。午後11時就寝。マキノからグルグル走ってここまで一体どのくらい距離をいったのだろうかという一日だった。

★★★★

12/27

沖島

琵琶湖には人が住んでいる島がある。観光で有名な竹生島ではない、近江八幡のそばにある沖島という島である。これについてはこの旅行の計画を立てる段階で資料を収集していて知ったというものなので、知った時にはとても興味を感じ、是が非でも行ってみたいという気になった。島の説明をインターネットで二三調べてみると、学術的にも湖の島に人が住むというのは世界的にも珍しいということになっているとも記していた。よくよく考えてみると「そうだなあ」と感覚的に納得できるものである。周りが陸なのに敢えて船で渡る不便な島に住むことはなかろうと。

ともかく、堀切港を出る一番船は島から来る折り返しの午前7時10分というものなので、駐車場に車を停めたまま15分歩いて港へと着いた。沖島町のHPで堀切港は観光用の港ではないため駐車はできない、と書いてあったがまさに車はたくさん停めてあるもののそれは島から渡ってきた住民のもので、港そのものが島の施設のようなものだった。だから物見遊山で来たような私などは本当の物好きに写るのだろう。定刻どおり通船が入港し、島から「本土」に用のある人はまとまって下りるものの乗るのは私一人である。運賃を受け取ったオネーさん(と敢えて書こう)は、たまにこういう人が乗るんだよね、という顔をしていた。

堀切港。後方が沖島。船で10分。

港にあるクルマとフネは沖島島民のものだろう

いざ、沖島へ。

操縦する人と運賃を受け取る人がペアで運航

沖島へ渡っている時に太陽が顔を出した。

結構、波を切っているので舷側の飛沫はある。

乗船10分で沖島。30分の滞在で離島する予定

沖島の風景

 

この旅行で自分のおさまったセルフ写真をどこで撮ろうかと考えていたのだが、この沖島小学校の子どもたちの描いた絵とともに写ろうと決めた。写真ではよくわからないとは思うが、決して広くはないスペースに素朴な絵がいっぱい描いてある。この島にある学校はこの沖島小学校だけ。確か、この島の存在を知ったのも沖島小のHPを偶然見たからだった。そんな縁もあり、おさまった次第である。

こんな写真を撮っている間に、本土に帰る船が沖島港に着いていた。

 

 

 

 

午前7時50分 30分間の滞在で沖島を離れる。

この船を逃すと、次の出航が3時間後なので、滋賀から神奈川に帰ることを考えたら、残念ではあったが、この時間で島を離れるしかなかった。そういう便なので島の人も乗り込んでくる。室内は満席(それほど広くはないが)、写真のように後方のデッキに座る人たちもいた。乗船時間が10分なので私も今度はそちら側に乗る。

船上ではケータイが使えるらしい

沖島と対岸の比良山系

駆け足だったが、寄ってよかった沖島だった。

★★

近江八幡で土産を買ってから帰る予定だが、最後に西の湖に立ち寄った。

広々とした葦原。沖島を選択したため、撮影の時間帯としては遅すぎた感はあった

葦原を抜けると西の湖の湖面が見える。こんな写真でお茶を濁して、さあ土産を買ってGOだ。

★★★★

帰路

最初、近江八幡から八日市に向かった。鈴鹿峠を越えようと思ったのだが、八日市を越えたところで「積雪のため通行止め」の案内。チェーンを持っていても通行止めなら仕方ないとばかり、進路を東から北に変え、米原方面へと向かった。名神高速にも何度か乗る機会があったのだが、まだ10時前だったので、昼前まで一般道で行ける所まで行こう、と単に高速代を使いたくなかっただけなのだが、その米原過ぎまでは順調に走っていた。「これなら岐阜まで行けるかな」と、思った矢先、渋滞が始まり、米原から高速に乗っていれば・・・、という後悔をした。だらだら走って関が原、写真のような案内板が見えたので、「もう乗る!」と痺れを切らした私は名神高速に乗り、とりあえず名古屋まで突っ走った。

その渋滞中に撮った写真。
(だから、こんな危険な撮影はやめましょう)

上郷SAできしめんなどを食べている時に考えた。当初の予定では、この後、浜松の中田島砂丘で夕景を撮ろうと思っていたが、滋賀からこの愛知までの天候は何とも冴えないもので、今回は見送ることに決めた。天気がこのまま冴えなければ神奈川に速攻帰りだった。まあ、自宅にはそんな電話をしたのだが、浜名湖を越えた辺りから晴天になり、一瞬引き返して浜名湖か、と思ったが、西から天気は崩れていると信じて、更に東へ。

それならば富士山の夕景を撮ろうと、牧の原から遠くに富士が見えたので考えた。富士ICで下りて朝霧か、それとも御殿場で下りて乙女峠方面かその時点では迷っていた。が、由比から見える西側が晴れ渡った富士を見て「朝霧」と決めた。その南方の愛鷹に雲がかかっていたことも箱根方面を蹴った理由だった。

そして西富士方面から撮ることになった。が、

なぜだ!あれほど見えていたのに・・・

日没の光景はとても美しかったです

富士から朝霧方面に向かっている間に、いつの間にか富士山に雲がかかっていた。これはちょっとしたショックでこんなことならさっさと神奈川に帰ればよかった・・・とさえ思った。しかし、富士山だけが被写体ではないと、そのついでもあって諸々のものは撮っていた。例によって同じ道を通るのは嫌だったので、富士吉田経由で御殿場まで進むことにした。そして鳴沢付近まで来た時、ふっと富士が見えたので「撮り」と判断し、日没直後の微妙に色づく(笑)富士山を撮ることができた。何事も諦めないことが肝心の一枚だった。これでわざわざ遠回りした甲斐があったというものだ。それで満足した私は、いつもの篭坂越えで御殿場へと戻り、高速疾走の余韻に浸るべく、東名御殿場−大井松田間を利用して帰宅した。

諦めてはいけない、と来た甲斐あった一枚?

とにかく、クルマの機動力を利用した初(と言ってもいい)プロジェクト。無事故だったのもそれなりの自信にはなった。

来年はスタッドレスでも買って、雪のあるところにでも行こうかななんて思う今日この頃である。

それにしてもデジカメで写真撮ると枚数多いなー、と自分でも思う。

写真だけでも見ていただいた方、ご苦労様でした。これでおしまいです。

 

近江プロジェクト おしまい

 

 

 

 

 

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