磐越プロジェクト

BAN−ETSU

2003,1/1〜1/4

 2003年は正月早々撮り初めに出かけることができた。これも蛍子のおかげである。半月前に夜行バスの券をとっておいたのだが、何とまあ「2号車」という扱い、全く正月早々からみんなどこに出かけるのか?!と、相変わらずの棚の上げようである。

さて、出発は1月1日、午後10時10分浜松町バスターミナルなので、午後6時に新宿に着いた私は、早速東京夜景を撮ることに決めた。第一の目的は「新宿サザンライツ」。要は電飾の町興しである。しかし、新宿南口に降り立った私を迎えたのは寂しい夜景。よくポスターを見ると1/1は休止であった…。新年早々不景気だなー、と勝手に解釈して、それなりの夜景を撮って移動する。そして次は品川だ。ここの再開発も気合いが入っているというので下車してみたが、大体元日からオフィス街が機能しているわけがなく、全く私の感覚は世間ずれしているとしかいいようがない…。よって時間を潰すために浜松町まで歩く。

結局、それなりの夜景は撮れたのだが、まあ無理して歩くこともなかったかなという感じ、これもまた要するに出発までのエピソードが欲しいのである。簡単にスタートしてはつまらない(?)のでハードルを2、3コ置いてみたまでの話だった。

以前、「雪見プロジェクト」と銘打ったツアーで利用した新庄行の東北急行バスをまた利用することにした。今回は郡山で下車する。到着は午前3時、磐越西線の始発まで2時間半以上ある…。まさにコンビニ頼りの途中下車である。

かくして、出発、私は通路側のB列に座った。窓側でないのは悲しかったが、今度のバスは窓が広く、窓側の兄さんはカーテンを閉めない御仁だったので不満はなかった。それと意外とラッキーだったのが、B列は通路に脚を投げ出せるのでAからDの中では一番窮屈な思いはしないで済むことも今回その身になってはじめてわかった。かと言って、予約の段階で指定できるわけでもなく、それで私自身が快適な眠りにつけたのかということとは全くの別問題である。そう、私は今回も眠ることが出来なかった…。辛うじて記憶がなかったのが1時間半程度…。ほんとに夜行に向かない性格だと思うのだが、こういう出発が好きなのだから仕方がない…。

よって定刻通り、郡山到着。駅前のコンビニで「ミナミの帝王」「ザ・シェフ」などの単行本を読み漁っている間に、5時半になり、駅が始動したので、弁当を買って、始発に乗り込んだ。

磐越西線もこれで3回目の乗車である。こないだの「雪見」では会津若松で泊まって、裏磐梯に行く時に利用した。今回はこの列車で一気に喜多方まで行く。

 

郡山を出て、すぐに眠ってしまったらしく、目が覚めるともう猪苗代付近を列車は走っていた。そこで見た光景は、やはり雪景色だった。福島なんて関東地方の北だからそんなに変わらないだろうといつも思っているのだが、来る度にこの気候の違いに打ちのめされる。

何だよー、本当に吹き降りじゃないか…。こんな状況では写真は非常に撮りにくくなるだろう。大丈夫かな、と一瞬そんなことが頭をよぎった。

会津若松でちょっと停車した列車は前後を逆にして喜多方に向かう。天気のことが少し不安になったので、会津若松で下車した、女子高生に「この辺の今日の天気ってどうなってますか?」と、とぼけた質問をした。結果は、「雪で午後は止むこともある」とのこと、要するに天気は良くないらしい。

それにしてもこの辺の女子高生も元気だ。格好は関東南部の彼女たちと何ら変わりがないのには驚いた。

喜多方、かつて一度だけ大学時代に研究室の連中とラーメンを食べに来たことがあった。
ただ、それだけの記憶なのでこの町が「蔵の町」などという有名なところであったと知ったのは写真を趣味ではじめてからのことだった。街の風景を撮るという目的なら、会津若松よりポイントは絞りやすいだろうと、今回は喜多方がファーストショットの場所になった。

しかし、困ったのが天気。雪が積もっている風景は撮りたいが、降ることなどほとんど想定していなかった(隙がありあり)ので降られた時には雪だるま状態だった。もちろん、レインウエアなどは着込んでいるのだが、降っている時はほんとに撮りにくい。雪だから…、などと侮ったのが間違いだった。結局は雨と同じなのである。ジャブのようなこまめな雪の襲来を受ける度、自分の頭の悪さに嫌気がさした。しかしまあ、今回この街で唯一良かったこと、それは道に迷わなかったこと。こんなことは珍しい。おかげで予定通りの街歩きと撮影をすることができた。

いい加減な朝食しか食べていないので10時過ぎでお腹がすいてしまった。もちろんこれは計算ずくで、ラーメンを食べようと店に入った。私はラーメンという食べ物は滅多に食べないのだが、喜多方では食べたいと思っていた。こんなに寒いし、温まるにはちょうどよかった。

店では箱根駅伝をテレビでやっていた。おかげで食べる時間以上に店に居座ることができた。

写真は喜多方駅。左側の意匠は「蔵」を模したものなのだろうか。中途半端さが個人的には好きである。まさか、似合わないとも言えないだろうから(言ってる)。

ラーメン食べて、駅で更に30分ほど待った。その間にも雪が何度か吹き降りの状態だった。天気がたまたまそうなのかはわからないが、日本海側の時雨の来襲にあった時のことを思い出した。

喜多方からは快速列車に乗って新潟県に入る。午後はその新潟側で途中下車しようと思っている。列車は快速「あがの」、前に逆コースでこの名の列車に乗った時の車両はもう少し風情のあるものだったが、これまた風情のない車両がやって来た。まあ、乗り心地はそれなりにいいので特に文句もないのだが…。

まあ、短い時間だったが、福島県の滞在は結果的に喜多方だけに終わった。

磐越西線の津川というところで途中下車した。地図を見たら川のそばで、何か撮れるかな、と思って降り立った。これより東で下車するとその次の列車が夕方発になってしまうので、2時間くらい滞在して、始発のある津川にしたというのが実情でもあった。

ともかく、天気は冴えない。というか、この辺ではこれが普通なのだろう。そうでなければこんなに雪が積もっているわけがない。しかし、景色として写真を撮るには地味なところではあった。1時間くらいブラブラして撮ろうというのも調子のいい話である。まるでお金でも落ちていないかな、と呟いて歩いているのと変わらないような気もしてくる。橋で大きな流れの阿賀野川を渡る。そして市街地を一旦避けて、川沿いへ。誰かが歩いた跡があるのでその後を辿っていく。「地味だなー」と思っているうちにまたしても雪の襲来。今度はレインスーツを着る間もなかったので、市街地に入った時にはフリースに雪がついて真っ白になっていた。

雪だるま状態にまたしてもなってしまった私だが、捨てる神あれば拾う神あり、とばかりに写真のような商店街に身を寄せることができた。雪国のアーケード、いわゆる雁木造りというものである。これもまた以前、五所川原から小泊に行く途中バスの中からこうした商店街を見て、「あー、ああいうところを歩いてみたいなー」と思ったことがあったので、図らずもここでその念願(?)が叶うこととなった。まあ、雪が降っていなければここを歩いている風情(今回は風情にこだわっています(笑))は私には感じられないのでこれはこれで最適な演出ではあった。

雁木のおかげで雪をやり過ごし、来た道をまた駅へと戻った。

駅では30分くらい列車を待つこととなったが、待合室にストーブがあったので暖かかった。数時間に一本しか列車がないのでこのストーブがなければさすがに困ってしまう。まあ、当然のように火に当たっていた私ではあったが、そうした駅のサービスには感謝する次第である。

津川から始発列車に乗って磐越西線はしばらく阿賀野川に沿って進む。これが写真のような風景。日没までにもう一箇所くらい途中下車して写真が撮れそうだと算段を踏む。山間部の天候は散々だったが、平野が近づいてくるにしたがって日も差してきた。五泉まで行けば新潟行きの列車の本数はまた増えるので今夜の宿にたどり着けないということもない。おお!晴れるのか、と陽を浴びて輝く白銀の山々を見て降りる場所を考えた。

くっそー!降りるタイミングを間違えた!!降りるなら五泉の手前、もしくは五泉だった…。山々の写真を撮ろうと思っていたのだが、五泉は思いのほか市街化されていてその市街地を抜ける手間が惜しいがためにそのまま列車に乗ってしまった。

そして田んぼが多くなってきた北五泉という無人駅で途中下車。山々は遠くなってしかも住宅地に遮られて画にならない…。逃がした魚は大きい(大した光景でもなかったのだが…)と悔しがる。まあ、それでも日も低く目の前は一面雪に覆われた田んぼ。さすがに越後である。こんな光景を撮るなんてのは、この辺の人から見れば暇人の部類なのだろうが、ここに来た足跡を残すということでも意味がある。そんな格好つけても撮ったのは雀のみ…。ここ一番の夕焼けもいまいちという冴えのなさで、一路新潟に向かうしかなかった。

何だか、やっぱりというか、この一日は乗り物に乗ってばかりいたような気がしてならない。新津から新行きの列車ではもう記憶がなかった。何時の間にか新潟に着いていた。
駅前の路面は凍結していた。駅からすぐのホテルを取ったのだが、そこまで移動するのさえ恐ろしかった。雪ならまだしも、路面が氷では靴に装着している滑り止めもなかなか効果が発揮できなかった。

2日目。越後線始発列車に乗る。文句は言いたくないが、個人的には新潟付近を走る列車のカラーリングは好きではない。特に、この黄色が入っている奴は何でこんな色になるのかなー、と疑問に思うところである。しかし、始発列車はいつ乗っても気持ちがいい。駅前のコンビニで買ったパンを食べながらまだまだ暗い朝の新潟を出発した。

この日の最初の撮影地は岩室である。

岩室。列車を降りて前に来た記憶だけを頼りに「夏井のハサ木」を目指して歩く。路面は凍結していて殊のほか歩きにくい。よって車道の真ん中を歩くことになる。まだ、真っ暗で三が日のこんな時間に起きている感じのない駅前の住宅地をまずはすり抜ける。

「前は、タクシーで10分くらい乗ったかなー」という、また曖昧な記憶をたどって、目の前にドーンと田んぼが広がる場所に出た。暗いので良くわからないのだが、木が立っている様子はない…。「おかしいな、もう目の前には弥彦山しか見えないから、まさか、もうハサ木は切られてしまったのかも…」という短絡的な発想に至ってしまった。30分も歩き回ってこんな感じである。東の空もそろそろ白み始めてきた。木がなければ何のためにここに来たのかという焦りも出てきた。少しずつ明るくなることで視界も延びる。「おっ、あれはまさしくハサ木!」弥彦山との位置関係が前回と違っていたが、もう猶予はならない。急いでその方向へ歩を進めていると、目の前に信じられないものが姿をあらわした。

踏切であった…。

はっとして、新潟方面を見ると、視界の中に岩室駅が…。私は道を間違えたのだ。一時間近く歩いて喜び勇んでたどり着いたターゲットが駅から徒歩5分のところにあったとは…。お釈迦様の掌で暴れまわっていたサルの話をここに来て思い出した…。

まあ、愚痴は言っても、撮るものはある。それはそれで良かった。日の出前の色もなかなか良かったし、この場所なら今度来た時には絶対に(?)間違えようのないポイントであることも確認できた。夏井にたどり着けなかったのは残念だったが、次の予定もあったので次善の策(そんなものはなかったが…)で良しとして、次の目的地に向かった。

岩室から越後線に乗り、吉田で一旦下車。越後線はこの吉田でがらりと様相を変える。ここから柏崎までは超ローカル線になってしまう。1本でも乗り遅れると半日の行程を不意にしてしまうほど本数がなくなってしまう。

まあ、予定の列車に乗れたので万万歳。写真は吉田から柏崎に向かっている車内から撮ったもの。弥彦山である。平野の中のランドマーク、なかなかいい景色ではないか。

この日のメイン2、出雲崎到着。

出雲崎、良寛様で有名なこの地だが、私はそれほど良寛様には興味はなかった。目的は出雲崎の「妻入り集落」の街並みを撮りたかった。観光ガイドで以前見たものが印象に残っていたので是非ともこの目で見てみたいと思ったのである。出雲崎からバスで15分くらい、鉄道が走っているところは海岸から意外と高いところらしく、出雲崎に着く直前でバスは一気に海岸へと落ちるように進んでいく。そんな海岸沿いの細長い街並みがその妻入り集落の街並みだった。

この街並み、いい感じでしょう。

間口に比べて奥行きがとても長い

良寛像と良寛堂。せっかく来たので 出雲崎から見た佐渡島。大きい…

さて、出雲崎の集落を歩いていて、まあ撮りたい風景はあとこの集落を俯瞰したところのものだったのでゆるゆると散策していたら、私の姿を見て数人のアマカメラマンが、「お神楽は1時からですか?」と尋ねてきた。そんなことは全く知らなかったので逆にこっちから、「今日何かあるんですか?」と聞いてみた。すると午後から新年の行事があるらしい。下段写真のようにお年始の獅子舞が各集落単位で練り歩いていた。「お神楽」は時間の関係から見ることはできなかったが、この年始のスナップは棚から牡丹餅で感触としてはいいものを撮らせてもらった。狙わずして行き当たった行事とはこれは撮りだ。もともとイベントごとの撮影はしないので出来る限り無視しているのだが、旅行中の「偶然(ただの調査不足)」は積極的に撮らせてもらうのが私のスタイルである。

遠巻きに望遠ズームなどでこうした風景を狙う御仁が多かったが、この時とばかり広角系を装着して接近戦を試みた。まあ、祭りとはパブリックな場であるので、妨害にでもならないかぎり気持ちよく撮らせてくれる。いろいろな権利が取り沙汰される今日この頃だが、やはりこうした写真は安心して撮れるものとして重宝ではある。本当に気持ちよく撮らせてもらった。

出雲崎最後はこの集落を俯瞰できる高台からの撮影。この通り壮観である。こうした街並みを歩いていて感動した所は、京都伊根、大分杵築、長崎とメジャー級がひしめいているが、この出雲崎も決しておとるものではなかった。天候によってはより劇的な写真が撮れるだろうと思った。

やっぱり、住むのは別として日本海側っていうのは実に画になるなーと、再確認した次第である。

 

上の写真と同じ場所で今度は真下の集落を見たもの。中央に道路が横に走っているのだが、この住居の細長いこと。実に珍しい景色だった。

案内板などの表記を見ると、「妻入り集落」とは、昔の税金は間口の広さに対してかけられたとのことで、その税金対策の結果できた集落であるようなことが書いてあった。だから細長くなっていたということだ。

出雲崎。いいところだったではないか。そんな思いを残して次の目的地に向かった。

越後線を完乗して、降り立ったのが柏崎。信越本線でもう少し先に行くのだが、2時間近くも列車がないため市内をうろつく。地図を見ると海が思いのほか近いことがわかり前進した。途中コンビニでパンなどを買って海岸で遅い昼食にした。

殺風景な海岸だった。夏は海水浴場の銀座みたいになるところらしいが、釣り人が一人いるだけだった。

何かとニュースになった柏崎だが、写真はあの柏崎刈羽原発である。動いているのだろうか、どちらにしても遠目で見ても物凄い施設であることには変わりはない。

列車の時間が迫ってきたので駅に戻る。この日の最終目的地は「青海川」である。

時刻表の鉄道路線図などを見ていただければわかると思うが、柏崎から直江津方面に2つ目の駅が青海川という駅で、ここに一度は来てみたかった。この駅は無人駅なのだが実に海を眺めるには格好の駅ということで有名である。何しろ下りホームの直下が海なので何しろ日本海に沈む夕日については申し分ないロケーションである。私は上りの列車を降り、次の下りに乗ってまた柏崎方面に帰る予定(それでも1時間近く時間はある)だったが、「おお、やっと来たぞ」と三脚立てて真下の海を撮っていた。

 天気がこんな感じで冴えなかったのが残念でならない。晴れるなら夕日、荒れるならそれなりに画になったのだが、これでは見事に中途半端な条件だった。

しかし、青海川、やはり一度は来てみる価値はあった。こういう駅もいいじゃないか。

かくして信越本線の下りに乗り、一路長岡方面を目指したが、この時点でまだ宿は決まっていなかった。次の日は上越国境で撮影をする予定なので、長岡にでも泊まろうかと考えていたが、その長岡からも2時間かかる場所なので、もっと近い所で宿が取れないか列車の中で時刻表を眺めながら考えてしまった。

前に泊まったことがあるのが、小出、越後湯沢…。

柏崎付近では積雪はほとんどなかったが、長岡に近づくにつれてまた一面の雪景色。長岡を出る頃にはすっかり暗くなってきた。

小出通過、そして越後湯沢では乗ってくるスキー客などが多く下車は困難、宿などは絶対にないだろうと考え、ついに群馬まで突入してしまった…。水上で列車を乗換えてさらに南下した。次の日の予定はどうしようかな、と泊まる場所によっては撮影対象の変更も考えた。

3日目。首都圏の鉄道ダイヤは大混乱になっていた。私は渋川のビジネスホテルで朝のニュースを見てそのことを知った。特に高崎以南の高崎線などは全滅状態とのこと。路線が凍結してしまったためと言っていた。それでは上野方面に行くことは無理なので、やはり予定通り引き返して上越国境の風景を撮ろうと水上方面へと取って返した。まあ、運賃はその分かかるが、時間的には1時間程度の乗車なので、長岡に泊まるよりメリットは随分あったというものである。そういうわけで、この日の予定地、土合という駅に向かって出発した。写真は水上方面に向かっている途中、西側の山々を撮ったもの。

昨日のこの区間(長岡〜渋川)は夜だったので景色の様子はわからなかった。上越の山々で群馬県側は雪は積もっていないだろうと思っていたらしっかり積もっていた。この歳になるまで川端康成のあの一節が頭の中にあり、トンネルを抜ける前は雪がないと思い込んでいた。まったく恥ずかしい限りである。

関東でも群馬は雪が積もるのだなーと、改めて知った次第である。この歳まで生きてみるものだ。

 

さて、これはどこ(というより何)でしょう。正解しても何もあげられないのがしみったれなのだが、答えは上越線土合駅(下りホーム)である。前日の、こだわり駅訪問の第2弾である。この駅も実は一度は降りてみたかったのである。この駅(下りホーム)は実に変わった構造をしている。因みに左の写真が最下部、右の写真が最上部である。以下は説明板にあった表記である。距離338メートル、階段の数462段、登り切ってから駅舎まで143メートル、下りホームの標高583メートル、駅舎653メートル、その差70メートル。そういう駅である。もちろんエスカレーターなどはない。降りたのは私一人。「日本一のもぐら駅」などという看板もあったが、登り切るまでははっきり言ってあまり気持ちのいいところではない。私は暗くてこういう閉塞した場所が嫌いなのでできれば駆け抜けたいのだが、標高差70メートルがそれを許さない。ただ、階段を登るのみであった。まあ、ここは一度来ればいいだろうという場所だった。日本にもいろいろな場所があるものだ。

土合駅の「外」に出た。辺りは雪景色。まさに上越国境の雰囲気である。左の写真はさっきの土合下りホームを登り切ったところから駅舎に延びる連絡通路。何の説明もなければ、鉱山かなんかの施設に思えるだろう。右の写真は付近を流れる湯桧曽川。川の中にある石に雪が積もっている。こういう風景を一度は撮ってみたかったので、大喜びである。前夜も雪がひとしきり降ったので新雪状態であることもありがたかった。そんな写真を撮りながら谷川岳方面へと向かって行った。

国道を谷川岳方面へと向かう。とりあえずは谷川岳ロープウェー乗り場でどうするかといったところ。

写真はその道すがら土合駅を見下ろしたもの。谷川岳がなければ絶対に駅なんか作ってもしようのないところだと思った。

いやはや山深いところを上越線は走っているのだと改めて知ることとなった。

谷川岳の登山指導所(この日は閉鎖)までは来たが、選択の余地はなく、ロープウェーに乗り、天神平まで登った。天気も晴れてきて写真の通りである。

天神平はスキー場。スキーやボードが目の前を滑走している。一番下で三脚を担いでウロウロしている私などは高速道路を歩いているようなもので、そのへんが精一杯だった。まさかそれ以上リフトに乗って上に行こうとは思わないわけで、相応の展望を楽しんでつごう1時間くらいで、またロープウェーの人となった。

天神平スキー場から見られた上越国境の山々

ロープウェーを降りてまた来た道を土合に向かって下り始めたが、途中でルートをはずして湯桧曽川の様子を撮ろうと少しだけ登山コースに入った。もちろん膝上まで雪が来るのでズボズボと埋まるのだが、200メートルくらい進んだところで写真のような場所を見つけたのでしばらく撮っていた。フイルムもここで使い切ろうと思っていたので、リバーサルの撮影はここで終わった。

雪景色を撮りたいと思っていた今回の計画のフィナーレを飾るに相応しい場所ではなかったかと思う。

土合駅付近で。今更雪の深さを言っても仕方ないとは思うが、客観的な対象があったので撮ってみた。撮った以上は載せたくなるのが人情である。

ガードレールがすっぽり埋まっている。ここが国道ということから除雪の手間も大変なものだろう。仮に除雪していなかったらきっと土合駅からは一歩も前に進めないだろうことは想像に難くない雪の量である。

 

土合駅(上りホーム)で最後の記念撮影。駅も一部は除雪してあるが、していないところは写真の通りである。ともかく慣れない雪という条件の中での撮影旅行だったが今回も無事故で終えることができた。

めでたし、めでたしだった。

この後、前橋から上野までの高崎線は朝からの路線凍結でまだまだダイヤが乱れまくっていた。その前の高崎線も通勤ラッシュ以上の混雑だったし(こんなの久々というくらい混みまくっていた)、やはり連休、正月休み、盆の混み具合は半端ではないなーと今回もその洗礼を受けた次第である。

しかし、そうは言っても冬の雪国ははまるとやめられないなーと思う。住むのは無理だが、旅行なら2、3泊はしたいところである、とまた旅行者本位なことを書いてしまった。

来年もまた行けたら「雪」を撮りに行こうと思う。

★★★

磐越プロジェクト

これでおしまい

 

 

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