AWA-AWA PROJECT
2005 WINTER TOUR
2005,12/24-27
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【序章】
2005年12月は、寒波の到来で記録的な積雪をしたところが多かった。冬の旅行は年末が恒例なので、昨年琵琶湖に遠征した時から、「もっと西へ」を目指していたが、雲行きが怪しくなってきた。24日出発予定で、20日現在その動脈とも言える名神・東名阪・名古屋高速と相次ぐ規制および通行止めで静岡より西に行くことが難しくなっていた。毎日ネットの情報を見ながらその回復を祈っていたが、果たして24日には東名・名神の規制は解除されていた。それで出発。「とにかく行く」、同じ道のりなら帰りのことを考えるのが普通だが、そんな気持ちの余裕などはなかったので午後2時に秦野を出て、大盤振る舞いの大井松田IC合流で一路西を目指した。目的地は淡路島。行程約7時間のドライブである。
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由比PA。富士ともしばしの別れ |
駿河湾を挟んで向こうは伊豆半島 |
AWAAWAプロジェクトという名前は昨年琵琶湖から帰った時に決めた。徳島に行ったことがなかったので一度は行ってみようと思ってのこと。だから阿波。もうひとつのAWAは淡路島のAWAである。単なるこじつけだが、語呂がいいのでずっと暖めていた計画だった。ちなみに淡路島だけは過去に2度「上陸」したことがある。まだ明石海峡大橋ができる前と建設中の時だったので船で渡った。今回はクルマでの移動なので大きな橋を二つ渡って四国へと行く予定である。
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ちょうど日暮れ時。浜名湖SAで小休止してスナップ写真などを撮る。 |
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最初の目的は、明石海峡大橋のイルミネーションを撮影すること。年末はレインボー色で点灯している情報を得ていたので、まあ9時頃から撮れればいいかな、と思っての秦野出発だった。高速道路で走る府県は静岡・愛知・岐阜・滋賀・京都・大阪・兵庫で米原JCTまでは去年の琵琶湖行きと同じである。景色が良かったので由比PAで休憩。ちょうど日没だったので浜名湖SAで休憩。雪に降られて疲れたので多賀SAで大休止。その後、京滋バイパスがネットのルート指示だったが、所要時間が変わらなかったので名神を走破することにこだわって直進。吹田からは阪神高速と中国道+山陽道の2ルートがあったが、これまた中国道に足を踏み入れたい(?)との欲求から後者を選択。最後のルート確認ということでSAで大休止。今度降りるのは淡路SAとなるはず(実際はそうだったが…)だった。
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雪が積もっている多賀SA |
そして、ここでボーンヘッド!高速ではすっ飛ばすのでほとんど右車線。渋滞もなくスイスイ来れたので、最後の表示を見誤ってしまった。「中国道・徳島(橋のイラスト)」が大きく見えていたのだが、この「徳島(目的地なのに…)」という文字に反応せずスーッと直進してしまった。あとで考えれば、「次の表示は『淡路島』であるはず」という先入観が招いた喜劇だった。よって次の三田インターで中国道を降り、再入場。JCTまで逆コースを行き、山陽道へと進入した。この時間のロス約20分。時間だけでなく、高速料金も予定より高くついた。
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【淡路島周遊】
明石海峡大橋。渡るのはもちろん初めてだ。長いトンネルをいくつも抜けて現れた巨大な主塔に思わず圧倒される。距離は約4キロ。それくらいのトンネルはくぐったことはあるが、橋はない。世界最長の橋なのでこれより長い橋はない。前後にクルマがいなかったので減速してその迫力を楽しんだ。
そして淡路SA到着。午後9時10分。ロスした時間を差し引けば道路情報通りのタイムだった。
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ついに到着。淡路SA。まずはファーストショット |
高速を下りて、岩屋港付近から撮影。 |
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気になって寄った江崎灯台。人気まるでなし。 |
淡路島西側から大橋を眺める。 |
明石海峡大橋の撮影は到着から11時半まで場所を変え行った。最初は淡路SA下り線、次に岩屋フェリーターミナル付近。それから江崎灯台を見に行った後、最後は淡路島の西側から撮影した。ある程度の時刻になるとイルミネーションが消えるのかと思っていたが、そうではなくずっと点灯していたので思ったより多くのカットが撮れた。クリスマスイブということもあって海峡にはクルーズ船が行ったり来たりしていた。そんな光景も押さえて、日をまたいだ頃、移動を開始し、淡路島南端の由良に午前1時過ぎに到着。日の出まで漁港の脇で駐車。寝袋におさまった。
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撮影初日。この日は淡路島南淡付近をうろうろした。朝は由良で迎え、紀淡海峡の日の出を撮影。午前中は淡路島からさらに船に乗って沼島に渡った。ガイドによると「国生み伝説」の島らしい。滞在時間は約2時間。そのくらいあれば見たいものは見られるという計算だ。天候にも恵まれ、島を突っ切って行く南端の岩と沼島灯台を巡り、あとは沼島漁港付近でスナップ写真を撮ったりしていた。沼島から見た淡路島は大きく、実にクルマで走り甲斐のある島に見えた。島と島の間は船で10分、乗ってしまえばすぐである。
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淡路島南端のひとつ由良。朝日が昇る場所は紀伊半島。淡路は3つの海峡がある。これは紀淡海峡。 |
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これが沼島行きの土生ターミナル |
沼島に出発
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土生港に入港した「しらとり」 |
10分航路の船としては清潔感がある。 |
甲板に出られないのが残念 |
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向こうは淡路島。沼島上陸。 |
島の中央部に沼がある。 |
港から南岸まで徒歩10分。 |
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上立神岩。高さ約30メートル。 |
太平洋、晴朗なり。 |
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時間があったので灯台まで行くことにした。 |
これが沼島灯台。なかなか趣がある。 |
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典型的な常緑広葉樹林帯の島。 |
こんなのを見ると関東とは違うな、と思う。 |
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手前が沼島の岬。奧が淡路島。 |
港にいた作業船が出航してゆく |
船から見た沼島。 |
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手頃な大きさの沼島だった。 |
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昼頃。鳴門海峡に到着。名物の渦潮は大きなものは一日二回見られるとのことだが、干満の時間帯からははずれたので、大鳴門橋を眺めて立ち去った。年末ということもあり「道の駅」の営業が休止になっていたことは痛かったが、撮影場所を探しながらの道中なので「土産を買うにはまだ早い」と時間を浪費しないという点ではちょうど良かった。
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脇崎灯台。鳴門海峡淡路側の灯台。 |
大鳴門橋。このくらいが丁度いい大きさ |
渦潮は見られなかった。 |
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しかし、潮流は早い。川のよう。 |
下から見上げると相応の迫力がある。 |
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昼飯はもっぱらカップ麺。登山用コンロでお湯を沸かして食べるあれである。鳴門北インターからそれほど行かない伊毘という漁港で大休止。ここで漁港にはつきもののネコがいたので同じく昼食中のそれを撮影。またひとつネコ写真のバリエーションが増えたと喜び、作った焼きそばを与えたがソースが辛かったらしくひと舐めして行ってしまった。まあ、モデル料として気を遣ったという話。
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小春日に霞む大鳴門橋。 |
昼食中失礼。モデルになってもらったネコ氏。 |
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夕日撮影のロケハンを午後は行った。鳴門海峡から淡路島西岸を北上し、名前に惹かれた「五色浜」というところを目指す。ところがこの浜はすっかり痩せていて。走っている道路の真下というからガッカリして標識の「新五色浜」という所をさらに目指す。ところがまたここも期待を裏切るのには十分な浜でうらぶれた上にシーズンオフにしても目を覆わんばかりのゴミの散乱状況。写欲などはすっ飛んでどうしようか思案する。
結局五色浜手前にあった慶野松原というところで布陣。この浜は広く砂浜だったが、これまたゴミが多い。拾ってもきりがない規模なのでレンズの画角に入らないポジションを探して歩く。日暮れまで2時間。暇をつぶすのは慣れているので、時たま浜辺に訪れる人を点景にスナップを撮ったりしていた。
そこで観察したことだが、たいていはこんな冬の浜辺に訪れるのは犬の散歩かカップルである。その後者、そちらの方が絵になるので見ていたわけだが、6カップルの全てが共通して行ったことがあった。それは石を投げて何回水面を跳ねるというやつである。たいてい男の方がうまく、フォームからして女の方は跳ねそうもなく、果たして投げた瞬間撃沈である。一回でも跳ねれば喚声である。そんな光景を見たり、撮ったりしていればすぐに日没がやってくるという按配だ。
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慶野松原。細いのから太いのまで。 |
松だけ見れば壮観ではある。 |
砂浜。とても柔らかい。しかし、ゴミ多い。 |
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自分の影。奧は淡路島の北方。 |
対岸の半島に日が落ちた。 |
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【職務質問コーナー】
鳴門北ICから神戸淡路鳴門道に入り、大鳴門橋を渡る。こちらの橋は夕暮れでもチカチカした主塔の点滅しかないので黒々とした巨体はまた明石海峡大橋とは違った威圧感があった。ここは早く徳島に渡りたいという気持ちが強かったのであっという間の通過、鳴門市内に入り、国道55号に乗った後は徳島市内もパスして二日目の滞在地を目指して一路南へと向かった。
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鳴門海峡を渡る直前に見た夕景。 |
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日和佐駅には「道の駅」も併設されているのでここで泊まってもいいかな、と思った。コンビニもそばにあり、駅周辺をしばらくうろうろする。9時過ぎの駅前は人ひとりなく、ラットアップされている寺院が駅のすぐ近くにあったので行ってみた。薬王寺という寺だった。四国八十八カ所の一つ(二十三番)だった。そんな寺を一回りした後、地図(ネットからダウンロードしたような簡単な奴)を見て、海南・海部あたりまで行って泊まることを決める。
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日和佐駅舎。カメの甲羅のような形。 |
夜の薬王寺境内 |
寺院らしさを感じさせる意匠(ストレートだ) |
海南に着いて、大里松原という浜があることを知り、案内板を見て駐車場があったのでそこにクルマを停める。何かあったら嫌な場所だったが、海が目の前だったので朝日を撮るには絶好の場所だと寝袋の中に潜り込む。空は怖いくらいの星空でプラネタリウムを見ているようだった。山の夜は星空がたくさん見られるが、海もこういう場所なら見られるものだなあ、と感心しながら寝る。だいたい10時過ぎだっただろうか…。
不意に安眠が破られた。窓ガラスを叩くものがいる。寝袋から完全に顔を出してみると、帽子を被った人が窓をコンコンと叩いて、「ちょっと開けてもらえませんか」と言っている。まだ寝起き状態だったので何がなんだかわからない状態だったので、ウインドーをおろすとそれが2人の警察官であることがわかった。その人達の後には赤色灯が回転している「徳島県警」のパトカーが停まっていた。
「おたく、ここで何しているんですか?」
「え、ここで泊まろうと思ってるんですけど…」
「泊まるの?何しに来たんですか?釣りですか?」
「朝の写真を撮ろうと思ってるんですけど」
「はあ、写真ですか。県外車だったものでね。ちょっと免許証見せてください」
と、言うので提示する。
車外で二人が懐中電灯で私の免許証を確認している間(というか、それまで)、私は間の抜けたことにずっと寝袋の中にいるという状態だった。さすがにこの寒い中寝ていた者を起こして「外に出ろ」とは言えなかったのか…。で、
「あの、ご家族はいらっしゃいますか?」
「…はい。いますが」
「旅行していることはご存じですか?」
「はい。ただ、泊まる場所はこんな感じなのでいちいち連絡はしてませんが…」
「そうですか。まあ、我々がこうしていろいろお聞きしているのは、こうした世情で、いろいろな原因で心を病まれた方がいるということで…。あなたはそういう方ではなさそうなので…。敢えて聞きますが、違いますよね?」
(まあ、そんなことだろうと思ったが…)「はい。病んでませんよ。別に」
「そうですか。それならよかった。」
(ああ、話は済んだ。早く免許証返してくれ)
「で、ここまでどうやって来られたんですか?」(おい、もう帰ってくれないかな…)
「今日、淡路島から来たんですけど」
「海岸線ですか」
「はい、でも徳島に入ってからは夜になったので」
「この手前に南阿波サンライン道路あるんですけど、知ってますか。そこもなかなか景色のいいところで」
「国道からそんな案内板があったような気はしましたが、夜だったので通ってないです」
「そうですか。写真でしたよね。まあ、さっきも言いましたがいろいろお聞きしているのは…」(以下略)
と、終わりかな、という雰囲気になろうと言う時に、「お聞きしたいのは」とこの後2回同じような問答が繰り返されたという顛末。要するに、一般的に考えて冬のこんなところでクルマで寝泊まりする奴は怪しい。よくある自殺志願者と思われての職務質問攻撃にあったというわけだ。延々20分お巡りさんとお話ししていた。
まあ、確かにこんな場所ではな…、と警察が立ち去った後思ったが、そこで場所を変えるのもある意味「不審」を買うことになりかねないので、朝までの所在をそこと決めて、また寝袋へと潜り込んだ。
こんなことはいつかはあるだろうと思っていたが、いざ対応するとなると「普通」を粧う事というのは意外と難しいことがよくわかった。いやはや、とんだ夜だった。
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【室戸へ】
26日朝、大里松原で朝景色の撮影。松林と浜は護岸で隔てられているが、波打ち際までは相応の距離があり、立派な浜だ。冷え込む中、海霧が沸き立ちなかなかいい景色を写真におさめることができた。そしてこの浜のよかったところは何分昨日淡路島で無惨な浜を見ていただけに、この浜の行き届いた管理状態に「最低でもこうあるべきかな」と少なくとも地元の人たちの努力を見たような気がした。こういうゴミが落ちていない浜に立つとあからさまにゴミを捨てようという気は起こらないから不思議だ(と、いって淡路の浜にゴミを捨てた覚えもないが)。ともかく朝一番から「いい感じの」室戸行の出だしだった。
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2日目の朝 |
ゴミひとつ見られない大里松原の浜 |
エピソードには事欠かない旅行だ。 |
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室戸岬までの道のりは、海南から徳島県南端の海部を通り、この国道を海岸線に沿ってひたすら進むのみである。天気もとても良く、寒いと言っていた12月にしては穏やかで暖かな方だった。クルマで走ればノンストップで1時間程度のところに来ていたが、岬には昼頃に着けばいいと考えていたので、途中、宍喰の竹ヶ島、次は高知県に入ってからは甲浦に立ち寄った。甲浦では漁港、阿佐海岸鉄道の終着駅に立ち寄り、これも記念と久々に鉄道写真なども撮ってみた。その際、デジタルカメラを落としたことに気がついて泡も喰ったが、歩いてきた畑をそのまま戻ったらやはり落ちていた。焦った中では、よくぞ冷静に振る舞ったものだと自画自賛。落としたところも畑だったのでカメラに損傷なし。めでたしではあった。
その後は野根で小休止。何でも名物の「野根饅頭」というものを買った。そして国道沿いに時折あらわれる漁港に立ち寄っては、スナップ写真を撮っていた。最近は山深い写真ばかり撮っているので実に新鮮だ。
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海部から宍喰方面に向かう海岸沿いの道から |
竹ヶ島からの風景 |
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甲浦漁港で途中下車。穏やかな場所。 |
甲浦のビーチ。砂が白く、きれいである。 |
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阿佐海岸鉄道終着駅。甲浦駅。 |
すかーん、とした感じの駅。風情はない。 |
6分停車して折り返す1両編成の気動車。 |
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野根付近の浜。饅頭買いました。 |
岬に近づくと岩が多くなる。 |
これは夫婦岩。大きい。 |
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椎名漁港で。スナップ撮りました。 |
サンマ。枕を並べて討ち死に。 |
本当に穏やかな室戸東岸。 |
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正午前、室戸岬到着。岬をかたちづくる地形は山がせり出してなかなか厳しいと思うが、道路を走った限りでは、海岸をぐるりと回り込む感じなので、今ひとつ印象に欠ける場所ではある。ランドマークとしては「灯台」というイメージもあったが、それは岬の高台の上に小さく見えるのみだった。代わりに薩長同盟に奔走した維新の志士でもある中岡慎太郎の銅像が道路沿いに建っていた。まあ、高知といえば桂浜の龍馬像、足摺岬のジョン万次郎像と見てきたが、ここに中岡像があるなんて予備知識はなかっただけに、「さすが(何が?)高知だな」と妙に感心してしまった。で、岬の突端まで行って海の写真を撮ったりしていた。
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土佐の英雄、中岡晋太郎像がお出迎え。 |
岬の空と灯台。灯台まではひと山登る。 |
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これが室戸岬。ランドマークにしては地味。 |
花咲いてました。名前は知りません(笑) |
ものすごい地殻変動があった証。 |
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海を巡れば、灯台には目がないので、行き着いたところの写真も今回撮っていたが、やはりハイライトは室戸岬灯台である。中岡像がある岬からも灯台に登る道はあったのだが、もう若くないので、一旦岬を回り込んでからスカイラインを安易に利用した。普通考えたらやはりクルマでしょう。灯台は立派で、その先の何もない海を見ていると「何だか遠くまで来たなあ…」という気になってくる(それはそうだろう…。ものすごいコスト高)。そういう気になっただけの場所だったが、その一山登る感じのスカイラインから見た室戸岬西岸の様相はまた東岸のものとは一変していた。ものすごい白波、天気は良いが、風が強いのである。午後はこの西岸から、自治体ホームページ情報で得た「だるま夕日」を撮ろうと思っていたので、それまでの暇つぶしにこの海の風景を撮ることに決めた。地図によると室津より先に行ったところに道の駅があるというのでそこで日没まで過ごすことにした。
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スカイラインから見た室津方面 |
第二十四番 最御崎寺 |
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これが室戸岬灯台。レンズが大きい。 |
小僧さん、ここで記念撮影。 |
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【試練の道】

行当岬では、だるま夕日を見ることができた。まあ、晴れていればどこの海岸でも見られそうなものだと思ったが、それはそれ、室戸で撮影したという記録が残ればいいので、日没後は一転して徳島方面へ。室津から東岸にショートカットする県道を走り、以降は来た道をひたすら(自身の)安全運転速度で突っ走る。徳島に着いたところで午後7時半ごろだったが、ここで「鳴門道:強風注意報発令」という情報を得たので、万一にも橋が渡れなくなるのは困ると思ったので、次の日の鳴門の朝景色を撮る計画はやめにして、とりあえず本州に戻ることにした。鳴門ICから高速に入り、大鳴門橋を渡った時はさすがに横風の強さを感じたので、一瞬「おおっ」と思ったが、無事淡路島に渡り、淡路SAで大休止。行きは下り線のSAから明石海峡大橋を眺めたが、上り線の方が少し高い場所にあるのでまた違った感じで夜景を楽しむことができた。
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行当岬付近から室戸岬をのぞむ。 |
波は高く、海は蒼かった。 |
ナイフのようになっている層状の岩 |
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だるま夕日は撮れました。めでたし。 |
日没後の空もとても印象的だった。 |
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本州に渡った後は、吹田まで第2神明・阪神高速を走ったが、首都高も走ったことのない私にしては夜のこの手の高速はかなりスリリングだった。ビルの間を縫うように走る高速は出している速度以上に速度感がある。まあ名神高速の入り口まではほぼ一本道なので右や左の矢印を気にすることもなかったのは幸いだった。
名神高速に入ってから、気になる情報、「米原付近から20キロの渋滞」とあり、最初は事故かと思ったが、大津あたりから雪が降ってきた。秦庄PAを過ぎたあたりから渋滞が始まりすぐに動かなくなった。甲良あたりではもう見る間に雪がクルマに積もっていく様子が見られ、関が原通過は一体いつ頃になるのだろうという感じになってきた。大阪を抜けたあたりから次の日の朝は伊良湖あたりから撮ろうかな、なんて考えていた計画はすっ飛んで、とにかく次のSAで避難しようと思い、遅々たる走りに我慢しながら渋滞につかまってから約4時間後に行きでも立ち寄った多賀SAに進入。ガソリンを補給後、一応チェーンを装着して発進した。
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ものすごい雪。2月の御殿場渋滞のことが頭をよぎる。 |
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しかし、この時点で助かったのは雪が降っても、凍結防止剤を撒いていたために日をまたいで冷え込んだ状態でも路面が凍結していなかったことだった。チェーンもつけているので速度は控えているものの、午前2時過ぎともなると交通量もそれなりなので流れが生まれつつあった。そして米原を通過したあたりからほっとしたのか睡魔が襲ってきたので、何度か立ち直りながら今度こそ養老SAに避難、2時間くらいだったか仮眠した。
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名神多賀SAで。がんばれ、サニー号! |
夜明けも近い。養老SAで。 |
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頭上の雲を振り切り、あの青空の下へ! |
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【終章】
目が覚めると雪はまだ降っていたが、向かおうとする名古屋方面は雲が切れていて晴れている様子が見て取れたので、復活後チェーンをはずしてまた名神をかっ飛ばす。一宮PAで朝食をとった時点で日が昇り始め、天気が良いなら、浜名湖あたりで寄り道しようかな、などと考える。結果、三ケ日ICで東名を降りて、浜名湖北岸を天竜浜名湖鉄道に沿いながら静岡に向かうルートを進んだ。
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浜名湖。数時間前までの天候は夢。 |
地元では知られた樹なのだろう。 |
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天竜浜名湖鉄道に沿って掛川に向かう。 |
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まあ、久々の鉄道写真ということで、道すがらのローカル駅で小休止のたびに撮影したりと冬晴れの穏やかな遠州路を駆け抜けた。この天気からは想像もできないくらい滋賀や岐阜は雪の中。まったく数時間前までのことが嘘のようである。それを体験してみると日本は広いなとつくづく感じてしまう。
掛川からは国道1号線のバイパスで清水まで走り、そこから東名に乗った。富士山が良く見えたので富士川SAで最後の休憩をとった。やはり富士山は素晴らしいランドマークだと思う。神奈川に帰ってきたと感じる瞬間でもある。
いろいろあったが、今回も無事帰宅。去年の鳥海山行では走行距離1500キロだったが、今回は1750キロだった。サニー号は故障もせずによく走ってくれたものだと思う。2006年も頼むよ、というところで2005年の撮り納めに相応しかった。淡路島・阿波(室戸)遠征は終了した。
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最後の休憩地、おなじみ「道の駅」。 |
富士よ!小僧は帰ってきた!! |
しかし、今冬は雪の当たり年。雪のとばっちりはちょっとしばらく勘弁といった感じでもある。
AWA-AWA PROJECT これでおしまいです
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